メタルは負けず嫌い

音楽関係を中心とした、エンタメ関連まとめブログ。

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    1: 鉄チーズ烏 ★@無断転載は禁止 ©2ch.net 2017/01/27(金) 19:04:28.60 ID:CAP_USER9
     1980年代後期の煌(きら)びやかなバブル期に登場し、日本の歌謡界にソウルやR&B(リズム・アンド・ブルース)といった米黒人ルーツ音楽を定着させたシンガー・ソングライター、久保田利伸(54)。昨年11月発表のデビュー30周年記念のベスト盤では、国内外の豪華ゲストを招き、過去の代表曲の数々を洋楽と邦楽のハイブリッド種のごとき佇(ただず)まいの楽曲に蘇(よみがえ)らせた。ニューヨークと日本を往来する国際的な活動で知られる久保田。今後も国境を越えた独自の存在感を放つ活動に意欲を見せる。(岡田敏一)

                       ◇

     人気ドラマの主題歌「ユー・ワー・マイン」(昭和63年)のように、米黒人歌手のような滑らかでソウルフルでダンサブルな歌唱法と、最先端を行く洋楽の華やかさをまとった斬新な楽曲群で大スターに。

     ビートルズのような白人ロックを標榜(ひょうぼう)した楽曲はたくさんあったが、マービン・ゲイやスティービー・ワンダーといった米黒人ルーツ音楽や、それを大衆化した米モータウン・サウンド界のスターに成り切ろうとした彼の楽曲と歌声は従来の日本のポップスや歌謡曲にはなかったものだった。

     彼の登場以来、日本に「ファンキー」という黒人用語が定着。平成5年末以降はニューヨークと日本を往来する国際的かつ息の長い活動で知られる。

     そんな彼のデビュー30周年記念となる初のコラボレーション・ベスト盤「ザ・バッデスト・~コラボレーション~」には、ヒップホップ歌手のKREVA(クレバ)や女性歌手のMISIA(ミーシャ)、米Pファンク界の帝王、ジョージ・クリントン&ブーツィー・コリンズ、米ジャズ・サックス奏者のマイケル・ブレッカーといった国内外の豪華ゲストが参加した。

     さらにこの作品、2枚組みだが、1枚は全編英語で歌うというこだわりぶり。「この30年、いろんなことを(国内外の)いろんな場所でやってきた総決算」だが、「時代が進めば進むほど名曲を生み出すのは難しいと痛感した」とも。

     どの楽曲も彼らしい和風の黒光りサウンドが満載だが、とりわけ、ギンギンのエレキ音とサイケなファンク・サウンドが信条のPファンク勢が参加した「ミックスド・ナッツ」や米R&B歌手、ミュージック・ソウルチャイルドと英語で歌う「スキヤキ~上を向いて歩こう~」に彼の特異な国際感覚と音楽センスが見て取れる。

     「『ミックスド-』はニューヨークで催したロック色の濃い超ファンキーなお祭り。『リビング・フォー・トゥデイ』で共演した(米黒人ラッパー兼俳優の)モス・デフとはニューヨークのクラブやバーで飲み歩く友人同士なので…」

     さすがは日本における米黒人ルーツ音楽の伝道師。その証拠に白人ロックの代表格であるヘビー・メタル命の記者とは話がズレたまま。「バッドの最上級はバッデストではなく、ワーストでは?」との記者の問いに「バッデストは黒人の隠語で“最高”のことですが、この質問をしたのは、あなたとデーモン小暮だけ。メタラーって、発想似てるんですね(笑)」と返された。

    http://www.sankei.com/images/news/170127/ent1701270007-p1.jpg
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    30年を振り返り、「時代が進めば進むほど名曲を生み出すのは難しくなる」と語る久保田利伸

    2017.1.27 13:30
    http://www.sankei.com/entertainments/photos/170127/ent1701270007-p1.html

    【日本の元祖「ファンキー」久保田利伸がベスト盤を発売し、さらなる飛躍。 】の続きを読む

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    1: プーアル ★@無断転載は禁止 ©2ch.net 2016/12/15(木) 22:38:16.32 ID:CAP_USER9
    12月9日放送の『バズリズム』(日本テレビ系)に、歌手の久保田利伸(54)が出演。
    AKB48に対して勘違い発言をしていたことを明かし、バカリズム(41)らを驚かせる場面が見られた。

     この日、番組では久保田のデビュー30周年を記念し、さまざまなファンキーな事件を紹介。
    その中で久保田はニューヨークから久しぶりに来日し、年末の音楽番組に出演したときのエピソードを明かした。
    収録のときに久保田がスタジオのテーブルに大人数でついていた女性グループを「モーニング娘。」だと思い、
    「“モー娘大変だよね”なんて言ってさ。“こんな人数多くてね~”って、“新しい踊りをやらなきゃいけないの? 
    覚えなきゃいけないから大変だね”って言った」ところ、直後に司会者の紹介でAKB48だったことが判明したのだという。

    http://taishu.jp/detail/25976/

    【久保田利伸、モー娘。とAKB48の区別できず。】の続きを読む

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    1: リサとギャスパール ★@無断転載は禁止 2016/08/23(火) 19:28:22.76 ID:CAP_USER9
    久保田利伸が、今年でデビュー30周年を迎えた。その特別企画第1弾として、デビューアルバム『SHAKE IT PARADISE』(1986年)から最新アルバム『L.O.K』までのオリジナルアルバム13アイテムのアナログレコードBOX化が決定。
    12月21日に『30th Anniversary Vinyl Collection』として発売される。アニバーサリーイヤーを飾るイベント、企画はこの後も続々と用意されているようだ。

    高橋真梨子、小泉今日子、田原俊彦などへの楽曲を提供(特に田原俊彦の「It’s BAD」は超名曲!)からキャリアをスタートさせた久保田利伸が、シングル「失意のダウンタウン」でアーティストとしてデビューを飾ったのは1986年。
    「Dance If You Want It」を含む3 rdアルバム『Such A Funky Thang!』がオリコンアルバムランキング1位を記録したことでブレイク、
    その後も「You Were Mine」(1988年)、「GIVE YOU MY LOVE」(1990年)、「夢 with you」(1993年)などのヒットソングを数多く生み出しことは周知の通りだ。

    久保田が日本の音楽シーンにもたらした最大の功績はもちろん、R&Bのエッセンスを広く浸透させたことだ。
    山下達郎、鈴木雅之、大沢誉志幸、吉田美奈子など、ソウルミュージック、ファンクを自らの音楽に取り入れたアーティストは存在していたが、
    R&B特有のグルーヴ、メロディセンス、ビジュアルを前面に押し出した日本人アーティストは久保田が登場する以前には皆無だった。

     音楽プロデューサーの松尾潔氏が「R・ケリーの年」と位置付けた1994年がR&Bシーンのひとつの絶頂期だったとすれば、
    80年代後半からR&Bテイストを濃密に反映した楽曲を発表していた久保田の存在は“とんでもなく早かった”と言うしかない。
    そう、日本の音楽ファンの多くは久保田利伸というアーティストを通して、初めてR&Bという音楽に触れたと言っても過言ではないだろう。

    また、海外の音楽シーンとつながりの強さも久保田の大きな特徴だ。
    日本でヒット曲を連発していた1993年にニューヨークに拠点を移し、1995年にはUSコロムビアレーベルよりアメリカでのデビューアルバムを発表。
    その後もニューヨークと東京を行き来しながら、常に自らの音楽性をアップデートさせてきたのだ。

    その大きな成果とも言えるのが、1996年にリリースされたナオミ・キャンベルとのデュエットソング「LA・LA・LA LOVE SONG」。
    木村拓哉と山口智子主演のドラマ『ロングバケーション』(フジテレビ系)の主題歌としても話題を集めたこの曲の大ヒットにより、久保田のワールドワイドなアーティスト性は完全に認知されたのだと思う。
    ちなみに2004年にはアメリカ全土で放送されている老舗音楽番組『ソウル・トレイン』にも出演している)。

    前述した通り、久保田利伸の登場によって、日本の音楽シーンにはR&Bというジャンルが持ち込まれた。
    宇多田ヒカル、平井堅、MISIA、DOUBLEといった海外のR&Bをルーツに持つアーティストが次々と登場したこと、さらに言えばEXILEグループに象徴されるダンス文化が花開いたことも、久保田の存在を抜きにしては考えられない。
    KREVA、EXILE ATSUSHI、三浦大知など数多くのアーティストが久保田に対するリスペクトを表明していることからも、彼の影響力の大きさの証左だ。

    デビュー30周年をきっかけにして、久保田本人のキャリアに改めてスポットが当てられることはもちろん、日本のR&Bの在り方にも注目が集まることになりそうだ。

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    http://www.oricon.co.jp/special/49229/?ref_cd=jstw005
    2016-08-22

    【デビュー30周年。日本にR&Bを根付かせた久保田利伸の功績。】の続きを読む

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    1: オキヨ ★@\(^o^)/ 投稿日:2015/07/23(木) 21:58:10.28
    久保田利伸が自身のTwitterに投稿した「平和ルール」発言に、批判や共感の声が殺到し炎上状態となっている。

    久保田が投稿したのは、「殺さない、殺されない。この時代、この平和ルールを保持する国がどれだけ尊いものか。」といった歌詞のようなシンプルなフレーズだ。

    久保田のこの発言について、「まさにその通りです。」「素晴らしいメッセージですね!」といった共感の声が寄せられる一方で、「平和ルールとは何ですか?」
    「『殺されない』ルールなんてものは存在しませんよ。」「理想と現実をちゃんと考えて発言されるべきでは?」「あんたの歌好きだったけどね、世界は歌のように優しくはない。
    で?どこの国を指して言ってんの?何が尊い訳?」といった疑問や批判も寄せられている。


    折りしも、国会では安保関連法案が衆議院を通過し、来週からの参議院での法案審議に国民の注目が集まっているタイミングだ。「平和ルール」の意味など説明のない今回のメッセージは、
    共感よりも多くの反感を買っている。

    http://news.biglobe.ne.jp/entertainment/0723/blnews_150723_3061389408.html

    【久保田利伸さん「平和ルールを保持しよう」発言でTwitter炎上。】の続きを読む

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    青果市場でファンキーな競り。

    1: Hi everyone! ★@\(^o^)/ 投稿日:2015/04/03(金) 09:05:28.95
    ソース(週刊女性PRIME) http://www.jprime.jp/entertainment/artist/10511/
    写真=デビュー直後の久保田利伸。’86 年発表の『流星のサドル』が大ヒット
    http://www.jprime.jp/wp/wp-content/uploads/20150414-kubota-1.jpg

     「久保田さんは今、静岡県にある実家の八百屋さんを継いで、社長になっているそうですよ」(音楽業界関係者)

     ’96 年に放送されたドラマ『ロングバケーション』(フジテレビ系)の主題歌『LA・LA・LA LOVE SONG』などで知られる久保田利伸。

     「実家の両親が八百屋さんを営んでいるというだけであって、久保田さんのように、”継ぐ”という例は珍しいですね」(前出・音楽業界
    関係者)

     日本のソウルミュージックの”レジェンド”というべき彼が、まさかの転職、あるいはアーティスト活動をしながら、青果店で野菜を
    売ったりするようになるのだろうか。

     本人に話を聞けたらと、東京にある自宅を訪ねてみると、お手伝いさんだという女性がインターホン越しに、

     「久保田サンはいらっしゃらないです。奥サマもいないんです。今は出て行っています。スイマセン」

    と、カタコトの日本語で対応。近所での聞き込みでも、

     「アメリカに住んでるんじゃないですか? 奥さんにも会いませんし」(近所の男性)

    といった声が。そう、久保田は’93年からニューヨークに拠点を移し、ここ数年も1年の半分近くは日本を留守にしている。

    写真=久保田が代表取締役を務める静岡にある実家の八百屋さん『M』
    http://www.jprime.jp/wp/wp-content/uploads/20150414-kubota-61.jpg

     そこで本誌は、静岡県内の実家へ。3月中旬、店先にいた久保田の両親に直撃することができた。話してくれたのは母親だ。
    まず、社長交代の理由を聞いてみると、

     「主人も高齢になって、耳が遠くなってきて、今ではひとりで外出できない状態なんです。今日は店に出て動いていますけども、
    いつもは早めに横になって寝ています。そういった経緯で、息子に頼んでいます」

     ただし、経営には「全然関係していない」として、

     「娘たちは嫁いで家にいないので、息子以外に頼る人がいないんですよ。家庭内の事情があったとか、いっさいないですから」

     笑顔を見せながらも、慎重に言葉を選んでいる印象だ。

     「経営状況がよくない、とかでもないです。私がちゃんと継続させておりますので。本当はね、私も病気があるのでやめたいんですが、
    主人が生まれながらにしてやってきた商売ですから、それで残したいという気持ちなんです」

     最近、久保田が帰ってきたのは今年の正月。店にはあちこちに彼のポスターが貼られており、

     「息子は”貼るんじゃない”と言うんですけど、主人がお友達からこんなポスターあるんだよって見せられて”そうなんかー”と言いながら、
    また貼るんです」

     そして「あれは、24年前のポスターかな。あちらは直筆サインですね」などと教えてくれた。しかし、

     「写真は撮らせちゃダメなんです。それをさせちゃうと、息子に怒られちゃうんで」

    と、苦笑い。別れ際には、

     「やっぱり聴いてくださる、買ってくださる、応援してくださる、コンサートに行ってくださる、そういう人たちがいて、息子があると思います
    ので、今後ともどうぞよろしくお願いします」

     売り物のみかん6個と菓子パン2個を手土産にくれた。

    >>2以降に続く)

    【【ファンキー】久保田利伸、実家の八百屋さんを継ぐ。】の続きを読む

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