メタルは負けず嫌い

音楽関係を中心とした、エンタメ関連まとめブログ。

    カテゴリ:日本国内アーティスト(50音順)※編集途中 > サザンオールスターズ (桑田佳祐)

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    1: 砂漠のマスカレード ★@無断転載は禁止 2017/09/10(日) 15:44:36.22 ID:CAP_USER9
    俳優で歌手の中村雅俊が9日、BS朝日「ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~」に出演し、1982年の自身のヒット曲「恋人も濡れる街角」の制作エピソードを明かした。

    同曲はサザンオールスターズの桑田佳祐が作詞、作曲。音楽番組での共演で意気投合した桑田が中村のために書き下ろした。

    自身の主演ドラマの主題歌でデビュー曲の「ふれあい」(1974年)で青春スターとして不動の地位を築いた中村だが、この「恋人も濡れる街角」を歌ったことが歌手としてのターニングポイントだったと回想。

    「あの恋人-との出会いは、すごい俺にとって衝撃的でした。世の中の人の、中村雅俊を、歌い手として見る目が違いました。
    あれで自分がアーティストとしてちゃんと歌を歌っているやつなんだとアピールできた。
    それまでは役者の人が歌って、うまくいっているパターンだと。本当に感謝しています」と振り返った。

    また、レコーディング当時、同曲の仮歌を桑田本人が務めていたことを明かし、
    「仮歌は実際、桑田くんがやってくれて、あれを覚えたもんで、歌い方が桑田くんぽくなっちゃって」と笑っていた。

    http://news.livedoor.com/article/detail/13593209/
    2017年9月10日 15時12分 デイリースポーツ

    http://image.news.livedoor.com/newsimage/stf/8/a/8a71a_50_69d9c94e_68d87bb0.jpg
    8a71a_50_69d9c94e_68d87bb0

    https://www.youtube.com/watch?v=LrMIFVi83xM


    中村雅俊 - 恋人も濡れる街角

    【中村雅俊、サザン桑田に「本当に感謝。」 名曲”恋人も濡れる街角”制作エピ明かす。】の続きを読む

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    1: 餡子先生 ★@無断転載は禁止 2016/06/04(土) 19:34:57.88 ID:CAP_USER9
     現在は数少ない音楽番組だが、かつては、多くの音楽番組が存在していた。そのひとつである『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)には、こんな裏話がある。当時の番組プロデューサー・疋田拓さんが語る。

    ■サザン出演で初の歌詞テロップ

     デビュー直後のサザンオールスターズが『勝手にシンドバッド』で初出演したのは1978年7月。

    「桑田さん独特のボーカルで、何を言っているか歌詞がさっぱりわからなかった(笑い)。そのため、歌詞を表示させる対応をとったんです」(疋田さん)。

     これが今では当たり前となった歌詞のテロップ表示の始まりとされる。

    ■“代役”でTUBEがブレーク

     1985年7月、『ベストセラーサマー』でデビューしたばかりのTUBEが初出演。

    「実は海外のロックバンド『U2』が出演予定だったのですが、リハーサルでトラブルがあって出演できなくなった。急きょ、TUBEに声をかけて出てもらった」(疋田さん)。

     それを機に彼らは一躍、注目アーティストに。

    ■豪華海外アーティストが“共演”

     1985年4月、番組は『夜のヒットスタジオDELUXE』として2時間番組としてリニューアル。その目玉として、来日していたフランク・シナトラが生出演。
    さらに、西ドイツ(当時)から衛星生中継でティナ・ターナーが出演し、2人が“共演”。当時は日本の音楽番組に海外の大物アーティストが出演するのは異例のことだった。

    「何度も現地まで行って粘り強く交渉して実現しました。その後、“日本にすごい番組ができた”と世界中に広まって、海外アーティストをキャスティングしやすくなりました」(疋田さん)

    ■百恵引退で放送後に『蛍の光』

     山口百恵さんが1980年10月の引退前、最後に出演した番組が夜ヒットだった。百恵さんは『さよならの向う側』を熱唱。
    「放送はそのまま終了しましたが、出演者の誰もが名残惜しくて帰ろうとしない。そのとき、オーケストラが『蛍の光』を演奏し始めたのです。その音楽に送られて百恵さんは号泣しながらスタジオを後にしました」(疋田さん)。

    『夜のヒットスタジオ』
    放送局:フジテレビ系
    放送期間:1968年11月~1990年10月
    放送回数:1131回
    主な司会者:前田武彦、芳村真理、三波伸介、朝丘雪路、井上順、古舘伊知郎、柴俊夫、加賀まりこ 最高視聴率:42.2%(1969年3月17日)

    <出場回数ランキング>

    【1】五木ひろし:222回
    【2】森進一:204回
    【3】西城秀樹:190回
    【4】布施明:177回
    【5】郷ひろみ:176回
    【6】田原俊彦:158回
    【7】沢田研二:153回
    【8】小柳ルミ子:145回
    【9】近藤真彦:126回
    【10】野口五郎:124回

    ※女性セブン2016年6月9・16日号

    http://www.news-postseven.com/archives/20160604_417670.html?PAGE=1#container

    【歌詞テロップ表示の始まりは、サザンの『勝手にシンドバッド』・・・「桑田さん、何を言っているか歌詞がさっぱりわからなかった。」】の続きを読む

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    1: 湛然 ★@\(^o^)/ 投稿日:2015/08/19(水) 05:26:10.39
    5人組バンド「サザンオールスターズ」が18日、全国ツアーの最終公演として、
    東京・北の丸の日本武道館で22年ぶりのコンサートを行った。

    武道館にとっておきの曲を用意していた。「ビートルズやってみようか」。
    中盤のトーク中、ボーカルの桑田佳祐(59)がけしかけた。
    沸く観客に披露したのは、49年前に同所で来日公演を行ったザ・ビートルズの「HELP!」(65年発表)。
    心地よいリズムに観客は酔いしれた。

    ビートルズに多大な影響を受けた桑田。
    音楽に興味を持ったのは、姉・えり子さんが集めていたビートルズなどのレコードがきっかけだ。

    忘れられない曲がある。66年6月29日のビートルズ来日時、4人が乗った車が
    羽田空港からパトカーに先導されて走る様子を、10歳の桑田少年はテレビで見た。
    その際に流れた曲「ミスター・ムーンライト」に衝撃を受けた。
    「体に電気が走り、人生が変わった」といい、桑田を音楽に傾倒させた瞬間だった。

    歌い終えるや、桑田は「これが一番楽しかったりして」と満足げ。
    ステージ上で全員が腰を90度に曲げたおじぎも、ビートルズをまねて行った。

    3月発売のアルバム「葡萄(ぶどう)」のタイトルにちなんだ、93年2月以来の武道館公演。
    約4時間の熱演で、「みんなのうた」「真夏の果実」など37曲を披露した。
    桑田が「またサザンオールスターズのライブで!還暦になっちゃいますけど」と再会を約束すると、
    1万2000人の観客は大歓声で応えた。

    「甲子園には魔物がいると言いますが、ここ武道館には神様がいます」と桑田。
    ビートルズという“音楽の神様”が立ったステージで、10年ぶりのツアーを締めた。

    >>2以降にセットリスト)

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150818-00000150-spnannex-ent
    スポニチアネックス 8月19日(水)4時0分

    ▽画像
    サザンオールスターズ「おいしい葡萄の旅」東京・日本武道館公演の様子。(撮影:岸田哲平)
    http://natalie.mu/media/1508/0819/extra/news_header_southernallstars_20150818.jpg
    全国ツアーを締めくくったサザンオールスターズの桑田佳祐=東京・日本武道館
    http://daily.c.yimg.jp/gossip/2015/08/19/Images/08316817.jpg

    【サザンオールスターズ 22年ぶり武道館で37曲!ビートルズ「HELP!」も披露】の続きを読む

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