メタルは負けず嫌い

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    カテゴリ:アイドル > クラシックアイドル

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    1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/09/14(土) 21:45:42.55 ID:SVUIOtQc9
    文豪・太宰治の『人間失格』誕生の裏にあった太宰と正妻、そして2人の愛人との人間ドラマを小栗旬主演で描き出した映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』。
    蜷川実花監督とは映画『ヘルタースケルター』(2012)以来のタッグを組む沢尻エリカは、本作で太宰の愛人の1人であった太田静子を演じる。
    2020年大河ドラマ『麒麟がくる』への出演も決まり「今年は仕事メイン」と宣言する彼女が、恋愛論から尊敬する薬師丸ひろ子への思いまでを明かした。

    太宰の小説『斜陽』の基となる日記を書いていた静子。“人間は、恋と革命のために生れて来たのだ”の名フレーズは、彼女の言葉だったとされる。この言葉に沢尻は「その通りだと思います。
    グッときました。私はそこまでのことを言えないけれど、そう言えちゃう静子はスゴイし、そんな恋をしてみたいですよね」と漏らす。

    そして「静子は、恋に恋していた超ピュアな女性。だって、会いたいからって何も考えずに、太宰の家に行ったりするんですよ。奥さんがいるのに」と彼女の奔放っぷりを振り返る。

    太宰と恋に落ちた静子。しかしやがて太宰は静子のもとを去り、新たな愛人との愛を育み始める。悲劇に思えるが、沢尻は静子を「欲しいものを手に入れた女性」だと話す。

    「たしかに最後は煙に巻かれた感じもあって、癪にさわるところもあるけれど、でも結局、静子は一番欲しかったものを手に入れるんです。
    静子は、恋をしたいときに恋をして、欲しいものを手に入れた。だから彼女なりに納得できていたのだと思います」と分析し、「とにかくハッピー、ルンルンで演じることができました」と破顔した。

    女性たちに感化され、傑作を生み出していく太宰。静子もその恋は「新しい芸術を生む」のだと言い切った。人は人との出会いによって刺激を受け、自らを都度、生まれ変わらせていく。
    沢尻自身も、多くの人との出会いに刺激を受けてきたという。そのなかの1人が、薬師丸だ。

    2005年の映画『パッチギ!』での演技を高く評価され、多くの映画賞・新人賞を受賞した沢尻が同年、ドラマ初主演を果たした『1リットルの涙』(フジテレビ系)。
    脊髄小脳変性症を発症した実在の少女の闘病記をベースにしたドラマで、沢尻は主人公の亜也を、薬師丸がその母を演じた。

    「薬師丸さんにはすごく感銘を受けました。まだまだお芝居について全然分からないなかで演じさせていただいているときに、薬師丸さんの、女優としての振る舞いや姿勢を間近で見させていただいた。
    役に対しての自分の考えをしっかり持って臨まれている姿に、ステキだな、こういうカッコイイ女優さんになれたらいいなと感じたことを覚えています」。

    このとき19歳。本映画タイトルにかけ、20代の頃は「“女優失格”でした」と笑う沢尻だが、33歳になった今は「めちゃくちゃ充実している」と口にする。
    「仕事もプライベートも手を抜きたくないタイプなのですが、今年は大河ドラマもあるので、仕事メインの年だと捉えています。
    『人間失格 太宰治と3人の女たち』も素晴らしいものに仕上がりました。
    実花さんの作品に参加できて光栄ですし、三者三様の女性たちに共感できる点も多々あると思います」。
    ギアを一段上げた沢尻が、充足と決意の笑みを見せた。(取材・文:望月ふみ 写真:高野広美)

    映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』は全国公開中。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190913-00068530-crankinn-movi
    9/13(金) 6:00配信

    https://www.crank-in.net/img/db/1342890_650.jpg
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    https://www.youtube.com/watch?v=B26oe5Utf7U


    薬師丸ひろ子 - 千年の孤独 ほか 11曲

    https://www.youtube.com/watch?v=1uTd0tYjdrQ


    薬師丸ひろ子「ステキな恋の忘れ方」 7thシングル, 1985年11月 [HD 1080p]

    https://www.youtube.com/watch?v=6cXUdhrKmtE


    終楽章  薬師丸ひろ子

    【沢尻エリカ、10代で刺激受けた大先輩『薬師丸ひろ子』への思い。】の続きを読む

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    1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/09/13(金) 08:34:12.81 ID:2N+N/zJB9
    https://image.news.livedoor.com/newsimage/stf/3/8/38302_1643_38330f791b24179b1f64f84a0066185c.jpg
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    小泉も大手事務所から独立。演劇の世界にどっぷり漬かっている

    本多劇場(東京・下北沢)は芝居好きの聖地として知られる老舗の小劇場だが、8月下旬から10日間、普段とは異なる客層で座席が埋まっていた。
    彼らのお目当ては音楽劇『私の恋人』の主演、のん(26)だ。NHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』でブレイク。
    一気に国民的スターとなった彼女だが、活動方針を巡って所属事務所から独立し、本名の能年玲奈から改名したのは周知のとおりである。

    「テレビ局の忖度により、地上波の番組から姿を消しましたが、のんは絵画や声優、ミュージシャンとしてマルチに活躍中です。
    とはいえ、ブレイクのキッカケはドラマであり、ファンが飢えているのは女優・のん。しかも、ナマで観られるとあって『私の恋人』のチケットはソールドアウトしました」(芸能プロ幹部)

    夜9時過ぎ、舞台がハネて続々と劇場から出てきた観客たちの中で、一際輝く笑顔を見せていたのは3名のマダムたち――って、黒縁メガネのお方は小泉今日子(53)ではないか!

    『あまちゃん』でのんの母親役を演じたキョンキョンがプライベートでも〝芸能界の母〟と慕われているのは有名な話。
    "娘"の元気な姿を見て安心したのか、キョンキョンは満足げな表情を浮かべて下北沢の飲み屋街へ向かった――。

    9月13日発売の『FRIDAY』最新号では“再び「のんブーム」が来る予感”と題し、尾美としのりや渡辺えり、山下リオや大野いとなど、『あまちゃん』ファミリーが集結した"下北沢の夜"について報じている。

    https://news.livedoor.com/article/detail/17075193/
    2019年9月13日 7時0分 FRIDAYデジタル

    【小泉今日子、のん主演舞台にかけつけた『あまちゃん』母娘の″絆″。】の続きを読む

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    1: 朝一から閉店までφ ★ 2019/09/05(木) 20:25:18.89 ID:mrUw2dZ19
    2019年9月4日
    令和よ、これが昭和のアイドルだ! 西村知美が女子高生時代の制服姿&当時の逸話を明かす
    リボンがキュートすぎんだろ……!
    [あいひょん,ねとらぼ]

     女優の西村知美さんが9月4日、期間限定の公式ブログ「80’sタイムカプセル」を更新。堀越高等学校の制服に身を包んだ、当時の貴重な写真を公開しています。

     平成が過ぎ令和の時代となった今でも問題なく通用するかわいらしい笑顔を振りまく、女子高生時代の西村さん。大切に抱える紙袋の中身は差し入れプレゼントでしょうか?




    https://image.itmedia.co.jp/nl/articles/1909/04/l_190904_nis_a_001.jpg
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    かわいいー!(画像は西村知美オフィシャルブログから)




     堀越高等学校には、学校に通いながら芸能活動を行う、全日制課程への通学が難しい芸能人を対象とした芸能活動コース(現:トレイトコース)があります。渡辺美奈代さん(元おニャン子クラブ)や酒井法子さん、藤本恭子さんらも、西村さんとともに同校に通っていました。

     当時の芸能活動と学業の両立の様子を、「学校を早退して、そのままマネージャーの車で仕事へ」と振り返った西村さん。車が学校まで乗り付けることは禁止されていたそうで、近隣の車を止められるスペースには、さまざまなアイドルやタレントの移動車がズラリと待機していたもよう。そのため、うっかり別の芸能人の車に乗り込んでしまうこともあったのだとか。




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    西村さんと渡辺さんの“双子コーデ”な当時の写真も公開(画像提供:サイバーエージェント/関連記事)




     恋愛はもちろんのこと、学校帰りに友人と遊ぶようなことすら皆無の高校時代を過ごした西村さん。堀越高校で過ごした日々について、「大人の厳しい世界で働いている分、同級生とワイワイ過ごせる学校がオアシスのように楽しい空間でした」としんみり振り返っていました。

     公式ブログは期間限定での公開とされていますが、当時の秘蔵写真がまだまだ出てくるかもしれません。令和の時代をビックリさせ続けてほしいですね。




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    今でも仲良しで、家族ぐるみの付き合いを続けているという西村さんと渡辺さん(画像は渡辺美奈代オフィシャルブログから)




    https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1909/04/news084.html

    【『西村知美』が女子高生時代の制服姿&当時の逸話を明かす。】の続きを読む

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    1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/08/23(金) 06:18:10.51 ID:T7yMI81L9
    https://image.news.livedoor.com/newsimage/stf/0/a/0a31c_1581_d976e56dfee921c243e07c28b51b0611.jpg
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    「2009年に映画のPRで日本に来たのですが、それから昨年までは、まったく戻っていませんでした。グラビア写真を撮っていただくのも、20年ぶりくらいになります」

    田村英里子はいま、アメリカ西海岸で暮らしている。一時帰国した彼女の笑顔は、日本にいたころと変わっていなかった。

    「今年は何度か日本に来ていますが、頭の中では英語で考えて、日本語に訳して話していることがときどきありますね。久しぶりの日本は、テレビのチャンネルが変わっていて驚きました。それから車を運転したら、危うく右側運転しそうになってしまいました(笑)」

    1989年にデビューした「えりりん」は、1990年代のトップアイドルだった。

    「当時仲がよかったのは、同い年の島崎和歌子ちゃん。2人で温泉に行ったのを覚えています。堀越(高校)で一緒だった高岡早紀ちゃんとも、いっぱい話をしました。あのころから本当にかわいかった!

    そして大先輩の工藤夕貴さん。私がまだ茨城県から出てきた15、6歳のころ、帰りの電車で、学校のことを教えてもらいました」

    2000年に単身渡米し、ハリウッド女優に。現在はロサンゼルス近郊の街に住む。

    「いまは、本当に自由に過ごしています。ヨガをしたり、ラテンの音楽に合わせて踊る『ZUMBA』というエクササイズをしたり。毎日のように体を動かしています。アジア出身者のコミュニティのイベントで、司会の仕事をすることもありますね」

    生活のパートナーは、ヨークシャーテリア(メス)のティファニー(愛称「ティ子」)だ。

    「ティ子が来てから、私の生活はもうすべて彼女中心になってしまいました。ティ子は体が弱くて、ほかの人が面倒を見ようとしても駄目なんです。

    韓国での仕事のオファーがあったときも、仕事とティ子とどっちを取るか悩みました。究極の選択。でもやっぱり、私の中ではティ子なんです。日本には、2年かけて検疫の手続きをして、連れてきました。毎日、ティ子のご飯は、私が手作りしています」

    日本にヨガスタジオを持つのが夢のひとつだ。

    「実家のある茨城県にスタジオを持てば、ティ子と一緒にいられますし、家を空けずに仕事ができるでしょう?

    全米ヨガアライアンスの資格を持っていますが、英語で学んでいるので、日本語で人に説明するには、もう一度日本語で勉強し直さなくちゃ。いま、真剣に考えているんです」

    たむらえりこ
    1月16日生まれ 茨城県出身 幼少期をヨーロッパ・ドイツで過ごす。帰国後、東宝『花の降る午後』で映画デビュー。16歳で日本レコード大賞新人賞など、多数受賞する。
    2000年、単身渡米。米人気ドラマ『HEROES/シーズン2』やハリウッド映画『ドラゴンボール エボリューション』で主演の一人を務める

    (週刊FLASH 2019年9月3日号)

    https://news.livedoor.com/article/detail/16967899/
    2019年8月23日 6時0分 Smart FLASH

    https://imgc.eximg.jp/cv/resize?i=https%3A%2F%2Fs.eximg.jp%2Fexnews%2Ffeed%2FNarinari%2FNarinari_20181016_51649_4b8a_1.jpg&t=jpeg 
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    http://honjitumorakuten.girly.jp/WordPress/wp-content/uploads/2016/11/tamuraEriko.jpg
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    https://cdn.snsimg.carview.co.jp/minkara/userstorage/000/047/786/422/37b166ea82.jpg
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    http://blog-imgs-91.fc2.com/n/a/2/na2ka4/mnewsplus_1480120704_104.jpg 
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    【アメリカで暮らす『田村英里子』、久々の帰国で驚いたこと。】の続きを読む

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    1: 朝一から閉店までφ ★ 2019/08/22(木) 19:35:13.48 ID:NExHrlvQ9
    エンタメ 音楽・映像2019/8/22 14:07

     ゆっこの愛称で親しまれた伝説のアイドル・岡田有希子の誕生日である2019年8月22日に、音楽ストリーミングサービス「AWA(アワ)」にてこれまで未配信だった楽曲の配信が開始された。

     また、 配信開始を記念して、岡田有希子の人気曲を集めたプレイリスト「岡田有希子のCLASSICS」も公開された。

     新たに配信された楽曲は、1stアルバム「シンデレラ」から「プレゼント」までの計5枚のオリジナルアルバムと、発売当時のジャケット写真を使用したシングル9作品。

     「花のイマージュ」は、シングルとしては当時、シングル盤での発売が中止となったため今回が初のシングル作品となっている。

    ■ 岡田有希子 のCLASSICS
    01. くちびるNetwork
    02. 花のイマージュ
    03. リトルプリンセス
    04. 二人だけのセレモニー
    05. -Dreaming Girl-恋はじめまして
    06. ファーストデイト
    07. ソネット
    08. Summer Beach
    09. 小羊NOTE
    10. そよ風はペパーミント(Bonus Track)
    11. 二人のブルー・トレイン
    12. Sweet Planet
    13. WONDER TRIP LOVER
    14. 哀しい予感
    15. ロンサム・シーズン
    16. あなたを忘れる魔法があれば
    17. さよなら・夏休み
    18. 恋人たちのカレンダー
    19. 恋のエチュード
    20. Love Fair
    21. 憧れ
    22. Believe In You

    ■ 岡田有希子
    生年月日:昭和42年8月22日生まれ(しし座)
    出身地:愛知県
    血液型:O型
    サイズ:身長155cm 体重41kg
    デビュー:昭和59年4月21日、竹内まりや作詞・作曲「ファースト・デイト」でデビュー
    愛称:ゆっこ
    受賞:昭和58年 NTV「スター誕生」第46回決戦大会チャンピオン、昭和59年 第26回日本レコード大賞・最優秀新人賞

    情報提供:AWA株式会社

    edited by おた経編集部
    URL: https://otakei.otakuma.net/archives/2019082203.html
    Last update: 2019/8/22 14:07 © C.S.T.ENTERTAINMENT Inc.
    https://otakei.otakuma.net/wp/wp-content/uploads/2019/08/d22425-603-633668-0.png 
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    【発売中止となった『岡田有希子』の「花のイマージュ」含む楽曲がAWAで配信。】の続きを読む

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    1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/08/12(月) 02:02:20.79 ID:RU2ZzX/J9
    女優の西村知美(48)が11日放送のテレビ東京「日曜ビッグ“あの集合写真をもう一度”~だいぶ経ったよ全員集合~」(日曜後7・54)に出演。
    高校時代の親友、女優の酒井法子(48)と20年ぶりの再会を果たした。

    西村と酒井は堀越高校時代に3年間クラスメートだった。今回の企画で西村が31年ぶりに撮りたいのは修学旅行の写真。
    元アイドルで現在はモデルとして活躍する藤本恭子さんと3人がバスの車内で撮影したものだった。卒業後は仕事が多忙で疎遠になってしまい、酒井とは20年以上会っていないという西村。
    「のりちゃんは一時期連絡が取れなかった時があったので…」と再会を心待ちにしていた。

    堀越高校の校門前で待ち合わせした3人は20年ぶりの再会。西村は「のりちゃーん!」と親友との再会を喜んだ。
    校内を回りながら青春時代を回顧。高校では上履きではなくスリッパを使用していたが「のりちゃんはスリッパをしょっちゅう盗まれていた」と酒井が校内でも絶大な人気を誇っていたと明かした。

    当時の制服を再現した服を着用して、3人で修学旅行の写真を31年ぶりに撮影。その後はアイドル時代にできなかった青春の思い出づくりに挑戦。
    原宿の竹下通りでプリントシール撮影、クレープ買い食い、カラオケを満喫。カラオケでは西村が「君は流れ星」を披露し、酒井が「碧いうさぎ」を熱唱すると西村は「こうやって再会できて嬉しい」と涙を流した。

    酒井も「この仕事が好きで、させていただいて。芸能界に入ってこうして一緒にやってこられたのは凄いことだなって。一人じゃできなかったことだし、もうちょっと一緒に走り抜けさせてもらいたいなって」と感謝の思いを伝えた。

    https://news.livedoor.com/article/detail/16915151/
    2019年8月11日 22時10分 スポニチアネックス

    https://image.news.livedoor.com/newsimage/stf/3/5/3545f_929_spnldpc-20190811-0241-000-p-0.jpg 
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    【『西村知美』、高校同級生の『酒井法子』と20年ぶり再会に涙。「一時期連絡が取れなかった。」】の続きを読む

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    1: 湛然 ★ 2019/07/28(日) 05:19:58.48 ID:y1rSnyzz9
    三浦祐太朗、2年ぶり母・百恵さんのカバーアルバム発売…「ありがとうあなた」など4曲+オリジナル
    2019年7月28日 4時0分スポーツ報知
    https://hochi.news/articles/20190727-OHT1T50359.html

    47都道府県ツアーの後半戦開幕となる大阪でライブを行った三浦祐太朗
    https://hochi.news/images/2019/07/27/20190727-OHT1I50255-L.jpg
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     シンガー・ソングライターの三浦祐太朗(35)が、10月2日に母親で元歌手の山口(現姓・三浦)百恵さん(60)のカバーアルバム(タイトル未定)を発売することが27日、分かった。百恵さん作品のカバーはアルバム「I’m HOME」(17年)以来2年ぶりになる。

     今作では「ありがとうあなた」(75年)を始め「横須賀ストーリー」(76年)、「しなやかに歌って」(79年)、「ロックンロール・ウィドウ」(80年)の4曲を収録。「初めて母のカバーをした時、喜んでくれた方がたくさんいた。その続きを楽しみにされている方(の期待)に応えたかった。自分じゃなきゃできないものにしたい」。百恵さんにも報告済みで「特別には何も。応援してくれています。ありがたいですね」と感謝した。

     アルバムは「小さな手」などオリジナル4曲を含む全8曲で、収録曲が「オリジナル+カバー」になるのは初の試み。「母のファンの方にもオリジナルを聴いてもらう機会になるし、その逆のチャンスもある。どちらの層にも喜んでほしい」と話した。

     「ありがとうあなた」は、百恵さん出演のTBS系「赤い疑惑」(75年)の主題歌。同局系「赤いシリーズ」(74年~80年)が中国で人気が高いため、中国語でもカバー。初訪問の上海で撮影したミュージックビデオを先行公開中だ(日本での公開時期未定)。中国版ツイッターの微博(ウェイボー)にもアカウントを開設した三浦は「じかに熱量、街の雰囲気、お国柄を肌で感じられていい経験になった。将来、現地でコンサートができたら」と新たな夢を語った。

     1月から47都道府県ツアーを敢行している。この日は、ツアー後半戦突入の大阪公演(たかいし市民文化会館)を行い、800人を前に「さよならの向う側」など15曲を披露。「行ったことのない場所で歌うのは楽しい。三浦祐太朗はこういう人物だ―と少しでも分かってもらえるように歌声を届けていきたい」と誓った。

    (おわり)

    【三浦祐太朗、また母・百恵さんのカバーアルバム発売。】の続きを読む

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    1: みつを ★ 2019/07/22(月) 00:21:00.79 ID:5w57qhKP9
    https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/ashida-machiko

    【訃報】戦時中に活躍した元アイドル「まっちゃん」こと明日待子さんが死去、99歳
    新宿の劇団「ムーラン・ルージュ」でデビューし、山口淑子、原節子らと同時代に元祖アイドルとして活躍。愛称は「まっちゃん」だった。

    2019/07/21 11:51
    Kota Hatachi
    籏智 広太 BuzzFeed News Reporter, Japan

    昭和初期~戦後にかけて活躍した元アイドルで女優、日本舞踊家の明日待子さん(本名・須貝とし子さん)が、7月14日に亡くなっていたことがわかった。

    99歳だった。死因は老衰で、葬儀は家族だけで営まれた。

    明日さんは、かつて一斉を風靡した新宿の劇団「ムーラン・ルージュ」でデビューし、山口淑子、原節子らと同時代に元祖アイドルとして活躍。愛称は「まっちゃん」だった。

    戦後も映画に出演し、その後は「五條殊淑」の名で日本舞踊の研究所を主宰していた。

    明日さんは1920(大正9)年、いまの岩手県の釜石市出身。

    鉄工所の役員のもとに生まれ、幼いころから日本舞踊などの芸事を学んでいた。13歳のころ、1931(昭和6)年に創設したかつての「ムーラン・ルージュ」主催者の養女になった。

    1933(昭和8)年にデビューすると、瞬く間に人気が出た。そのあどけない見た目から、広告モデルとしても引っ張りだこに。

    「初恋の味」のキャッチコピーで売り始めていたカルピスの専属になり、花王石鹸、キッコーマン醤油、ライオン歯磨きなどの商品のポスターも飾った。

    「ムーラン」の舞台でも活躍。特に大学総長の格好をしたアイドルたちが、「哲学」の授業をするという内容の「ムー哲」(ムーラン哲学)は目玉作品だったという。

    戦時中には慰問公演も
    (リンク先に続きあり)

    https://img.buzzfeed.com/buzzfeed-static/static/2019-07/21/9/asset/eb556ea916f0/sub-buzz-13021-1563701639-1.png?downsize=700%3A%2A&output-quality=auto&output-format=auto&output-quality=auto&output-format=auto&downsize=360:* 
    f5e8f48456bd82045718c207bb35d051

    【戦時中に活躍した元アイドル「まっちゃん」こと明日待子さんが死去、99歳。】の続きを読む

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    1: ストラト ★ 2019/07/16(火) 16:01:50.72 ID:DHr4LZgv9
    舌がんの公表をし闘病生活を送っている堀ちえみさんのブログに、心のない書き込みをした女性がネットでも話題となっております。
    本日放送されたフジテレビの「とくダネ!」にその書き込みをした女性が書類送検されたというニュースが報じられたのですが、送検されたにもかかわらず想像を絶する態度だったようです。

    堀ちえみのブログに
    http://pbs.twimg.com/media/D_jd72XUEAAAeVg.jpg
    D_jd72XUEAAAeVg

    問題の女性は、がん闘病中の堀ちえみさんのブログに悪質な誹謗中傷を行ったとして書類送検されたと報道されております。

    しかし、書類送検されたにもかかわらず「脅迫になるんですねって感じ」と開き直っているということで、ネット社会の現実を目の当たりにした視聴者は言葉を失っているようです。

    http://pbs.twimg.com/media/D_jdQJjU8AADO09.jpg
    D_jdQJjU8AADO09

    しかし誹謗中傷は確かに多くの方が行っており、該当する女性だけではないのも現状。
    この女性が書類送検されたからと言って根絶するわけではないのは確かなのですが、今回の50代女性は元々堀ちえみさんのことを適ししておらず、ネットの情報を鵜呑みにし、次第に批判的な感情を抱いてしまッタということです。

    ネットの情報から、相手に批判感情を抱き「こいつは悪だ」と思う傾向はこのネット社会ではよくある「確証バイアス」の一つではあるのですが、この方だけでなく我々も知らず知らずのうちに侵されている危険性があります。

    以前、ブログ欄に個人名を書くだけで逮捕される可能性があると話題になりましたが

    いずれにせよこのような方が世の中にはたくさんいることは承知置きしたいものです。

    http://yukawanet.com/archives/hori20190716.html

    ★1=2019/07/16(火) 10:19:45.73
    前スレ
    【とくダネ!】堀ちえみさんブログに「誹謗中傷」した50代主婦の態度が凄いと話題に 書類送検にも「脅迫になるんですねって感じ」★2
    http://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1563245049/

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    1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/07/06(土) 13:22:50.01 ID:qtbaBfG69
    俳優の坂上忍(52)が5日放送のフジテレビ系「ダウンタウンなう」で、女優・工藤夕貴(48)を共演NGにした理由を打ち明けた。

    坂上は「本音でハシゴ酒」で、店に入る前に「大嫌いな女優です」と断言。工藤によれば、共演は32年前だったといい、坂上の持参したパンフレットで、それが舞台「タッチ」であることが判明した。
    当時、坂上が19歳、工藤は16歳で、坂上は主人公の上杉達也、工藤はヒロインの浅倉南を演じており、デュエット曲まで出していた。

    心当たりのない工藤に対し、坂上は「僕は一生忘れません」と今でもきっぱり。

    坂上によれば、ある日の公演後、工藤が坂上の楽屋で「あそこの芝居、こうやってください」とダメ出ししてきたという。
    坂上は「一応、僕、芸歴17年。それがですね、昨日今日デビューしていくら芝居がうまいか知らねえけど、俺の楽屋に来てダメ出ししてそのまま去って行くって、てめえどういう育ち方したんだ」と、工藤に反感を抱いたという。

    何日か後の公演後、今度は坂上が工藤の楽屋を訪ねて「あそこの場面こうやってみたらどう?」と提案したら、工藤は「でも、それをやっちゃうとこうなっちゃうんで、そうじゃない方がいいと思います」と一蹴した。

    「それでトドメを刺された」という坂上は、その後は「台本に工藤夕貴と書いてあったら断っていた」と、工藤を共演NGにしていたという。

    https://news.livedoor.com/article/detail/16730040/
    2019年7月5日 22時27分 デイリースポーツ

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    1: Egg ★ 2019/06/24(月) 17:51:07.45 ID:Y7z8qEeF9
    孤高の俳優、高倉健。「不器用ですから」と呟き、生涯、硬派を貫いた。謎多き私生活にゲイ説も流れ、昭和の世にはエイズを発症したという噂まで駆け巡った。しかし、代が移り今、聞えてくるのは実は女好きだったエピソードである。

    【写真】高倉健の“終の住処”に養女が大豪邸を建築

     公私にわたり高倉と付き合いのあった芸能関係者は、

    「健さんも普通の男と同じで、実はけっこう女好きでしたよ」と明かす。

    「例えば、プライベートで熱海に遊びに行った時、通りがかった芸者らしき女を見て、“あれはいいなあ”と漏らしていました。また、撮影現場では、若い女の子のアシスタントが近くにいると、上機嫌で口数が多くなっていましたからね」

     このとき以外でも、女性への思いは垣間見えた。

    「ある時、“健さんはどうして銀座のクラブに行かないんですか”と聞いたことがありました。すると、“そういう店に行かないから、俺は男が好きだなんて噂されちゃうのかなあ”と笑っていました。続けて、“ホステスって店では可愛らしくしていても、外ではポルシェに乗っていたりするんだぜ”と言ったんです。仕事をバリバリこなして自立している、強気な女性が苦手だったのだと思います」(同)

     強くて成熟した女性よりは、あどけなさの残るタイプが好みだったとか。

     実は、それを裏づけるようなロマンスがある。1990年代後半の一時期、ある女性タレントに入れあげていたのである。

    鮨店を貸し切り

    「令和に御代替わりしたから、もう時効でしょう。石野真子さんです」

     と、彼女の関係者が言う。

    「健さんは何度も誘い、石野さんと会食の約束をとりつけました。当時、健さんは60代半ばでもういい歳でした。彼女ははじめ乗り気ではなかったのですが、健さんがあまりに熱心なので、ほだされたようです」

     石野は当時、30代半ば。17歳の時、アイドル歌手として「狼なんか怖くない」でデビューしてからは、長渕剛や広岡瞬と結婚、離婚を繰り返す。“不器用な男”がアプローチした時は独身だったという。

     ともあれ、2人は、札幌・すすきのにある高級鮨店で落ち合った。店は檜造りのカウンターと座敷を合わせて、優に数十人は入れる大箱である。先の関係者はこう続ける。

    「さすがは大スターの健さんです。予約をとるだけでも一苦労の人気店で、粋な演出を試みました。なんと、店を丸ごと借り切っていたのです。石野さんは、暖簾をくぐると客が一人もいないので、“本当に驚いた”と言っていましたね。健さんは最高の寿司を食べながら、熱い想いをぶつけ、その夜、彼女をものにしたそうです」

     高倉は、このように石野の気持ちをいとも巧みに操って、彼女が怖くないと歌っていた“狼”に変身したのである。

     この出来事について石野の事務所は、

    「何も申し上げることはございません」

     と回答するが、関係者はこう語る。

    「石野さんが近しい人たちに、嬉しそうに語っていたことだから、間違いありません。今では良き思い出になっているみたいです」

    “不器用”なはずの男だが、女性の口説き方は実に器用であった。

    6/24(月) 5:58配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190624-00567406-shincho-ent

    写真
    https://amd.c.yimg.jp/amd/20190624-00567406-shincho-000-1-view.jpg 
    20190624-00567406-shincho-000-1-view

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