メタルは負けず嫌い

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    カテゴリ: 海外アーティスト(アルファベット順)※編集途中

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    1: 湛然 ★ 2021/02/24(水) 22:20:58.88 ID:CAP_USER9
    2021.2.24 水曜日 NME Japan
    AC/DCのアンガス・ヤング、“Highway To Hell”のアイディアをトイレで思いついたことを振り返る
    https://nme-jp.com/news/99024/

    ● AC/DC - Highway to Hell (Official Video)
    https://www.youtube.com/watch?v=l482T0yNkeo



    AC/DCのアンガス・ヤングは“Highway To Hell”のアイディアをトイレに座っている時に思いついたことを明かしている。

    アンガス・ヤングは新たなインタヴューでアルバム制作について語り、トイレで休憩している時に曲の前触れを思いつくと語っている。

    「マイアミのリハーサル・ルームにいて、新曲をまとめようとしていたんだ。まさにそれをやっていたんだ」とアンガス・ヤングはアップル・ミュージックのゼイン・ロウに語っている。
    「そこには数週間いて、ちょっとのんびりやっていたんだけど、ある日マルコムとスタジオに入ろうとしたんだけど、入る前に『頭の中にいいアイディアがあるんだ』と言ったんだ」

    「それで彼と一緒にスタジオに入ったんだけど、イントロを初めから弾き始めたんだ。ダダダ、ダダダってね。それでマルコムにドラムを入れたいって言ったんだ。『いいところで入ってきてほしい』ってね。
    そうしたら、マルコムがドラムに座って、『いつ入ってきてほしいか教えてくれ』と言ってくれたんだ。それで実際にそうしたんだ。『足でステップを踏むよ』って言ったら彼も『足についていくよ』と言ってくれてね。それで彼がビートと一緒に入ってきてね。そういう感じだったんだ」

    音楽はあったものの歌詞がなく、マルコム・ヤングがアンガス・ヤングに何か思いつかないか尋ねてきたと語っている。

    「『分かった。数分くれないか』と言ったんだ」とアンガス・ヤングは振り返っている。
    「それでトイレに行ったんだけど、トイレで座りながら考えたんだよね。玉座に座っているようなものだったからね。そうしたら『頭にアイディアが浮かんできたんだ。きたぞ、きたぞ』ってね」

    「それで部屋に戻って、『浮かんだよ。“Highway To Hell”だ』と言ったんだ。試しにコーラスの部分のコードを弾いてみたら、彼が『いいね。それでうまくいくはずだ』と言ってくれてね。『歌うところまで広げてみよう』って、彼が『Highway To Hell』と歌ったんだ」

    (※以下略、全文は引用元サイトをご覧ください。)

    【『AC/DC』のアンガス・ヤング、“Highway To Hell”のアイディアをトイレで思いついたことを振り返る。】の続きを読む

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    1: 鉄チーズ烏 ★ 2021/02/24(水) 19:29:13.65 ID:CAP_USER9
    2021/02/24 13:42掲載
    http://amass.jp/144609/

    イングヴェイ・マルムスティーン(Yngwie Malmsteen)は、エディ・ヴァン・ヘイレン(Eddie Van Halen)への追悼文を、米国のギター誌Guitar Worldに寄稿しています。

    「7、8歳の時にスウェーデンでディープ・パープルの『Made in Japan』などを聴いて、そういうギタープレイにハマっていた。12歳になる頃にはクラシック・ヴァイオリンを聴いていて、自分がやろうとしていることについて明確なビジョンを持っていた。

    だから、ヴァン・ヘイレンが出てきた時には何が出てきてもあまり気にしていなかった。1978年にパワーハウスというバンドで演奏していたんだけど、ある日ドラマーがヴァン・ヘイレンを連れてきた。俺は“何だ?別のバンド?何でもいいけど”と思った。でも彼らはそれを聴かせてくれた。俺は自分が聴いたものを信じられなかった。びっくりしたよ。

    アルバムを聴いて同じように感じた他の多くの人たちと比べて、俺の奇妙なところは、ギターをやめず、ハムバッカーを入れず、ストライプも塗らず、すべてのタッピングをしなかったことだと思うんだ。それをしなかったのは、エドワードがやっていたことがあまりにもすばらしかったからで、真似したくなかった。

    1978年当時、誰もこれを聴いたことがなかったことを覚えておいてほしい。エドワードはタップを初めてやった人ではなかったけど、彼はタップを有名にさせた。彼のような人はいなかった。でも、本当にノックアウトしたのは、バンド全体が持っていたエネルギーと“気にするな”という姿勢だった。彼らは本質的にはパワー・トリオであり、ライヴで演奏していた。

    俺もパワー・トリオだったから、すごく刺激を受けたよ。すべてのアルバムが素晴らしい。1枚目と2枚目のアルバム(Van HalenとVan Halen II)は、ほとんど同じアルバムのパート1とパート2のような感じだと思う。彼らは同じ感覚を持っている。オーバーダブは一切なく、ただそれを追求しているだけなんだ。アレックス、デイヴ、マイケル、そしてバンド全員が信じられないほど素晴らしい演奏をしている。

    2ndアルバムに“Outta Love Again”という曲があるんだけど、エドワードとアレックスが演奏しているんだ。たった1つのテイクだけだよ。かっこいい。凄い。最高。その精神は大きなインスピレーションを与えてくれた。

    でも一番好きな曲は“Ain't Talkin' 'Bout Love”だ。俺は何年もあの音を基準にしてきたんだ。あの曲を聴いて“あれだけいい音が出れば、自分にもいい音があるんだなと実感できる”と思ったものだ。

    リフはクソかっこいい。でも、全体的にエディについて本当に得たものは“お前のクソッタレを変えて頑張れ”ということだった。彼が俺に与えた影響は信じられないほどだった。俺たち全員にね。すごいよね。

    覚えておいてくれ。俺は社会主義国に住んでいた。基本的に“これはダメだ”“それはダメだ”で、何もかもが“ノーノーノーノーノー”だった。ヴァン・ヘイレンが出てきた時は“クソッタレどもめ!”って感じで、俺はそれが大好きだった。すごく気に入った。今でも大好きだ」

    https://www.guitarworld.com/

    【イングヴェイ・マルムスティーン、エディ・ヴァン・ヘイレンへの追悼文を米ギター誌に寄稿。】の続きを読む

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    1: 湛然 ★ 2021/02/18(木) 22:27:45.67 ID:CAP_USER9
    トニー・アイオミ、ブラック・サバスのディオ時代「チャレンジだったが楽しんだ」
    2/18(木) 12:10 BARKS
    https://www.barks.jp/news/?id=1000197065
    https://img.barks.jp/image/review/1000197065/001.jpg
    001


    トニー・アイオミ、ブラック・サバスのディオ時代「チャレンジだったが楽しんだ」
    ブラック・サバスのロニー・ジェイムス・ディオ時代の作品がリイッシューされるにあたり、トニー・アイオミが、ディオが加入した当時の心境について語った。
    ブラック・サバスのロニー・ジェイムス・ディオ時代の作品がリイッシューされるにあたり、トニー・アイオミが、ディオが加入した当時の心境について語った。

    『Ultimate Classic Rock』のインタビューで「ディオが歌うブラック・サバスが受け入れられないかもしれないとの懸念はあったか?」と問われたアイオミは、こう答えた。「ロニーが加入したとき、すごい違いがあった。僕らは、オジーと同じような声を持つ人を入れたくなかったんだ。それだとみんな、“ああ、オジーそっくりじゃん”って思うだけだ。全く違う人を迎えようって考えた。僕らは、当時自分たちが作っていた曲に自信があり、すごく気に入っていた。それが売れるかどうかは気にならなかった。何故なら、自分たちが楽しんでいたからね。僕らにとってはそれが常に大事だった。自分たちがプレイしているものを楽しみ、愛さないと。ロニーの声や彼のアプローチで方向性が少し変わったことを僕は楽しんでた。ワクワクしたしチャレンジだったよ」

    「(ロニーの声に合わせ演奏を変えるのは)挑戦だと捉え、僕はそれを楽しんだ。より考え、より努力するようになった。それが、オジーと一緒に向かったのとは別の場所へ行こうと自分を奮い立たせることになった。それに、ロニーはとても関与するようになったからね。彼は“このパートはこっちでどう?”とか“ここでは違うコードを試してくれない?”とか言ってた。試行錯誤だった。僕らの人生における新しいチャプターだった」

    ディオとの最初の2作、『Heaven And Hell』(1980年)と『Mob Rules』(1981年)のデラックス・エディションは3月5日にリリース予定。

    (※以下略、全文は引用元サイトをご覧ください。)

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    1: みつを ★ 2021/02/13(土) 18:24:12.44 ID:CAP_USER9
    https://www.barks.jp/news/?id=1000196604

    ジーン・シモンズ「ロックが死んだのは、若いファンが原因」
    2021.2.9 21:59
    224

    「ロックは死んだ」との持論を持ち続けるキッスのジーン・シモンズは、それを招いたのは若い世代のミュージック・ファンだと考えているそうだ。

    2014年、『Esquire』誌での息子との対談で「ロックは歳を取って死んだんじゃない。殺されたんだ」と話し、その後も「ロックは死んだ」と繰り返し発言してきたシモンズは、ニューヨークのラジオ局Q104.3の番組で、それはラジオのエアプレイやストリーミング数の観点からかと問われると、こう答えた。

    【ジーン・シモンズ「ロックが死んだのは、若いファンが原因。」】の続きを読む

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    1: 湛然 ★ 2021/02/15(月) 05:24:36.30 ID:CAP_USER9
    L・リッチー、マイケル・ジャクソンとの珍エピソード
    2021/02/14 12:10 Written by ナリナリ編集部
    https://www.narinari.com/Nd/20210263879.html
    https://cdn.narinari.com/site_img/photox/202102/14/20210214005.jpg
    20210214005


    ライオネル・リッチーが、「We Are The World(ウィ・アー・ザ・ワールド)」の作曲時、マイケル・ジャクソンのペットの蛇が行方不明になったことで、恐ろしい経験をしたというエピソードを明かした。1985年の同チャリティソングを、亡きマイケルと作ったライオネルだが、その部屋の中でビルマニシキヘビが放し飼いになっていたという。

    「ザ・ドリュー・バリモア・ショー」への出演時、ライオネルはこう振り返る。

    「よくある話ではあるんだけど、マイケルの家にいたとき、曲作りの障害となったのは、曲とは関係ないものだった。寝室で行方不明になった彼のニシキヘビだったんだ。僕らは歌詞を書いているところだったんだけど、突然、彼が壁のところに積んでいたアルバムが落ちてきて、僕は床で横になっていたんだけど、『アー、アー』って音だけ聞こえた。それで、振り返ってみたら、ビルマニシキヘビの頭があって、僕を見つめていたんだ」

    驚き叫んだというライオネルだが、マイケルはその蛇が仲良くしたいだけだと言っていたそうで、「人生最後に見るホラー映画かのように僕は叫んでいたんだけど、マイケルは『ライオネル、彼は君のことが大好きなんだよ、ただ挨拶したいだけだから』って言ってた」と明かした。

    ティナ・ターナーやケニー・ロジャース、ダイアナ・ロスらスーパースターが集結、USAフォー・アフリカとしてリリースした同チャリティソングは、アフリカの飢餓と貧困層の救援に向けられた。その曲でのマイケルとの仕事は素晴らしいものだったというライオネルだが、またニシキヘビと直面するのは御免だそうだ。

    (おわり)

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    1: ネギうどん ★ 2021/02/11(木) 14:02:24.16 ID:CAP_USER9
     ブリトニー・スピアーズが、アメリカで再び話題を集めている。ただし、今までとはまるで違う形でだ。過去に彼女についてのゴシップを楽しみ、笑いのネタにしてきた自分たちを恥じ、遅ればせながらも彼女の手助けをしたいという、前とは逆の形で盛り上がりを見せているのである。

     きっかけとなったのは、先週金曜日、FXチャンネルが放映し、Huluでも同時配信されたドキュメンタリー。「The New York Times Presents」というシリーズの最新回で、タイトルは「Framing Britney Spears」(ブリトニー・スピアーズを貶める)だ。

     ドキュメンタリーの焦点は、主に、スピアーズの資産が今も父ジェイミーによって管理されているという事実に当てられている。裁判所が父を後見人のひとりに任命したのは、スピアーズが、離婚や親権争いなどを経て心の病と依存症に苦しんでいた2008年のこと。それ以後の12年間に、スピアーズは回復し、ふたりの子供とも面会が許されるようになって、ラスベガスでのショーも大成功させている。にも関わらず、スピアーズは今も、スーパーやドラッグストアで小さな買い物をしてもいちいち後見人に報告しないといけないという、お小遣いをもらう子供以下の扱いを受けているのだ。そのことに対して、近年、スピアーズのファンの間では、「#FreeBritney」という抗議運動が起きている。このドキュメンタリーにも、この運動の中心人物が登場する。

    彼女の心を誰も思いやってあげなかった
     しかし、なぜスピアーズがこのような状況に置かれているのかを理解するためには、そこに至るまでの経緯も振り返らなければならない。多くの人の心を痛めたのは、この部分だ。

     ルイジアナ州ケンウッドに生まれたスピアーズは、子供の頃から歌の才能を発揮し、ディズニーチャンネルの子供向け番組「The All-New Mickey Mouse Club」でデビューを飾った。ミュージシャンとしてのデビューアルバム「ベイビー・ワン・モア・タイム」がリリースされ、堂々の1位になったのは、17歳になったばかりの1999年1月。スピアーズはたちまち同世代かそれより下の女の子たちのアイドルになるも、当時のアメリカの母親たちは、まだティーンなのにセクシーを売りにしている、自分の娘に悪い影響を与えると、スピアーズを非難した。セクシュアリティに興味をもち、自分なりに探索することは、その世代にとっては普通のことで、だからこそスピアーズは同じような年齢のファンに支持されたのだが、大人たちはそれを「下品」「悪いお手本」と見たのである。これが男の子だったら、同じ扱いを受けただろうか?

    「The Mickey Mouse Club」の共演者だったジャスティン・ティンバーレイクとの恋が破局した時も、スピアーズは悪者にされた。ティンバーレイクが、恋人に浮気された悲しみを歌う「クライ・ミー・ア・リヴァー」をリリースしたのも、同情を集める後押しをしている。ドキュメンタリーには、この頃、ベテランTVインタビュアーのダイアン・ソイヤーが、「あなたは彼を本当に苦しませたのね。一体何をしたの?」とスピアーズを問い詰める映像も出てくる。終わった恋愛について他人から立ち入ったことを聞かれるのは誰だって嫌なものなのに、ソイヤーは、20代になったばかりの、娘のような年齢の若い子に、テレビでそれを聞いたのだ。それはとても意地悪なことだが、その対象が普段から批判されている若い女性だからか、世間はとくに抵抗をもたなかった。

     幼なじみの男性とラスベガスで電撃結婚をし、即座に取り消した時も、その半年後にバックダンサーだったケビン・フェダーラインと結婚をした時も、世間はその”愚かな判断”を面白がった。その結婚が破局する頃、スピアーズは依存症と心の病を抱えていたことから、ふたりの子供の親権はフェダーラインに取られてしまう。ここでもまた、女性が親権を取られたということで、彼女の評判はさらに下がっている。その間もずっと、 “面白い”瞬間をとらえては金を稼ごうと、パパラッチはアリのように彼女にたかり続けた。耐えきれなくなったスピアーズが傘でパパラッチのひとりを殴ると、それもまた彼女が「みっともない女」であることの証明にされてしまう。彼女の心は本当に限界にきていたのに、誰も本気で心配してあげなかったのだ。

    続きはソースで
    https://news.yahoo.co.jp/byline/saruwatariyuki/20210211-00222000/

    【『ブリトニー・スピアーズ』は”女性蔑視社会”の被害者だった?】の続きを読む

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    1: 湛然 ★ 2021/02/08(月) 22:47:32.37 ID:CAP_USER9
    スティーヴ・ヴァイ、エディ・ヴァン・ヘイレンへの追悼文を米ギター誌に寄稿
    2021/02/04 14:24掲載 amass
    http://amass.jp/143999/


    スティーヴ・ヴァイ(Steve Vai)は、エディ・ヴァン・ヘイレン(Eddie Van Halen)に敬意を表した追悼文を、米国のギター誌Guitar Worldに寄稿しています。

    以下は抜粋

    “天才の無邪気さは魅力的だ。この考えは、エドワード・ヴァン・ヘイレンの全キャリアを通して顕著に現れていた。

    「天才」というと知的な巨人に限定されると思われがちだが、「天才」のもう一つの視点は、独自の創造的な直感にシームレスにつながる能力であるかもしれない。

    「天才」は、言い訳や恐れもなしに、これらの直感を楽々と、エレガントに、そして世界に表現することができる。これが彼らの自然で有機的に創造的な状態だ。これを実現する可能性は、僕たち全員の中にある。

    エドワードは知的ではなかったが(神に感謝)、彼は天才だった。彼には、集中した意図、揺るぎない自信、そして明白な情熱という才能があった。

    人が創造的なインスピレーションを表現する上で障害となるのは、目標を達成するために抱く否定的な考えだ。一般的に考えられているように、これらの障害は(人の)外の世界にはない。これは人の内部のものだ。

    エドワードはそのような考えの餌食になることはなかった。むしろ、彼は自分の至福に従った。そうすることで、彼はギター・コミュニティ全体を進化させるようなパラダイムシフトを起こした。彼の目標は分刻みで設定されていたので、彼は常に挑戦し、自分自身を満足させていた。

    彼が開発した画期的なテクニックはどれも見事に実行されたが、それは彼が心の中で聞いたものであり、それを追い求めるのが好きだったからだ。発見のプロセスと目標の達成は彼の至福だった。

    エドワードの最も魅力的な側面は、おそらくその笑顔だった。それは彼の音楽のDNAの中核であり、彼の顔には、演奏中に感じる喜びが表れていた。彼が書いた曲のハーモニーの構造には、その喜びに満ちた内なる光が輝いているのが聞こえてくるし、感じることができた。それは曲たちが喜びに満ちた心から生まれたものだからだ。

    彼に出会えたことがどれほど幸運だったことか。65歳は必ずしも年をとっているわけではないが、ギターの年にしてみれば、必ずしも若いとは限らない。この人生で、エドワード・ヴァン・ヘイレンは僕たちのために黄金の杯を空にしてくれた。彼は本当にやり遂げた。

    あなたが彼を個人的に知らなかったとしても、多くの人は彼が個人的な親友であるかのように彼の旅立ちに無力感を感じている。彼に直接感謝したいという気持ちがあった。心からの誠意を持って彼の目を見て、彼が僕たちにとって何を意味していたのかを彼に伝えようとした。

    知っての通り、言葉ではその親密な気持ちを伝えることはできないが、彼が残してくれた無数の人生を変えるような贈り物を楽しみ続けることはできる。エドワード王、あなたは特別でした...僕たちは感謝しています”

    詳細は以下のURLのページでご覧になれます。
    https://www.guitarworld.com/features/steve-vai-pays-tribute-to-the-innocent-genius-of-eddie-van-halen

    【スティーヴ・ヴァイ、エディ・ヴァン・ヘイレンへの追悼文を寄稿。「エドワード王、あなたは特別でした。」】の続きを読む

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    1: 湛然 ★ 2021/02/08(月) 22:40:01.00 ID:CAP_USER9
    2021.2.8 月曜日 NME Japan
    キッスのジーン・シモンズ、「ロックは死んだ」という見解について再び語る
    https://nme-jp.com/news/98431/


    キッスのジーン・シモンズは「ロックは死んだ」という見解について再び語り、ロックの終焉は若者のせいだと述べている。

    ジーン・シモンズは2014年に息子のニックによって『エスクワィア』誌で行われたインタヴューでレコード・レーベルがアーティストに対して十分なサポートを行っていないとしてロックが「死ぬことになる」と発言していた。

    先月、『ガルフ・ニュース』のインタヴューでもジーン・シモンズは「ロックは死んだ」として「最近のバンドはグラマーで興奮させてくれる壮大なものを作るのに時間をかけてない」と語っていた。

    ジーン・シモンズは現地時間2月4日にニューヨークのラジオ局「Q104.3」に出演して自身の見解について説明し、「若いファン」に矛先を向けている。

    司会のジョナサン・クラークはジーン・シモンズに「ロックが死んだ」という発言についてラジオでかかる回数について言っているのかを尋ね、ジーン・シモンズは次のように答えている。「すべての意味でだよ。問題の原因は若いファンなんだ」

    「愛するものを殺しているんだ。というのも、ストリーミングが出てきてすぐに影に隠れている素晴らしい新たなバンドのチャンスが奪われることになったんだよ。だから、日々の仕事を辞められないんだ。音楽を世に出しても収益なんか得られないんだ。曲がダウンロードされても100分の1とか1000分の1ペニーにしかならないんだからね」

    「数千ドルを稼ぐのには何百万回も何十億回もダウンロードされなきゃいけないんだ。ファンはそうやって殺して、ビジネスとして終わったんだ」

    (※以下略、全文は引用元サイトをご覧ください。)

    【『キッス』のジーン・シモンズ、「ロックは死んだ」という見解について再び語る。】の続きを読む

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    1: 湛然 ★ 2021/02/11(木) 05:40:20.81 ID:CAP_USER9
    2021.2.10 水曜日 NME Japan
    メタリカ、クリフ・バートンの生涯を讃える生配信が行われることが決定
    https://nme-jp.com/news/98563/


    メタリカは亡くなったベーシストのクリフ・バートンの生涯を讃える生配信が行われることが決定している。

    「クリフ・バートン・デイ」と題されたこの配信はクリフ・バートンの59回目の誕生日となる現地時間2月10日19時(日本時間2月11日正午)より映画監督のニコラス・ゴメスを司会に迎えて行われる。

    『ブラバーマウス』の報道によれば、配信には俳優のジェームズ・マクダニエル、メタル・マリア、コリーヌ・リン、映画プロデューサーのショーン・キリアンといったクリフ・バートンの友人たちが出演するという。

    クリフ・バートンは1986年9月27日にスウェーデンで起きたツアー・バスの事故で亡くなっている。バンドの2代目ベーシストとして『キル・エム・オール』、『ライド・ザ・ライトニング』、『メタル・マスター』という3アイのアルバムに参加している。

    クリフ・バートンは“Ride The Lightning”、“For Whom The Bell Tolls”、“Fade To Black”、“Master Of Puppets”といった名曲の共作者としても知られている。

    クリフ・バートンに代わってメタリカにはジェイソン・ニューステッドが加入し、2001年まで在籍していた。その後、2003年にロバート・トゥルヒーヨが加入し、現在に至っている。

    「クリフ・バートン・デイ」の配信はこちらから。

    https://www.twitch.tv/videos/896495152

    (※以下略、全文は引用元サイトをご覧ください。)

    【『メタリカ』、クリフ・バートンの生涯を讃える生配信が行われることが決定。】の続きを読む

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    1: 湛然 ★ 2021/02/11(木) 06:04:44.69 ID:CAP_USER9
    オジー・オズボーン 2月11日にサプライズで何かを発表すると告知
    2021/02/11 00:50掲載 amass
    http://amass.jp/144214/

    Ozzy Osbourne
    https://www.instagram.com/p/CLHcRovne14/


    オジー・オズボーン(Ozzy Osbourne)は2月11日(海外時間)にサプライズで何かを発表するとSNSで告知しています

    (おわり)

    【『オジー・オズボーン』、2月11日にサプライズで何かを発表すると告知。】の続きを読む

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    1: 湛然 ★ 2021/02/07(日) 04:49:11.93 ID:CAP_USER9
    ブラック・サバス『Heaven And Hell』『Mob Rules』デラックスエディションから新たにライヴ音源2曲公開
    2021/02/07 00:19掲載 amass
    http://amass.jp/144101/


    ブラック・サバス(Black Sabbath)は、1980年代初頭にロニー・ジェイムス・ディオ(Ronnie James Dio)とレコーディングした2枚のアルバム、『Heaven And Hell』(1980年)と『Mob Rules(邦題:悪魔の掟)』(1981年)をデラックスエディションで再発します。このデラックスエディションからボーナストラックのライヴ音源2曲、「Neon Knights (Live in Hartford, CT 8/10/80)」と「Voodoo (Live at Hammersmith Odeon 12/31/81) 」が新たに公開されています。

    ●「Neon Knights (Live in Hartford, CT 8/10/80)」
    https://www.youtube.com/watch?v=aHC3Yvjyd7I


    ●「Voodoo (Live at Hammersmith Odeon 12/31/81) 」
    https://www.youtube.com/watch?v=P3q6XLGM-io


    このエディションは海外で3月5日発売。2タイトルともCD2枚組、アナログレコード2枚組、デジタルがあり、2タイトルとも未発表なものを含むライヴ音源他が追加収録されます。

    以下は以前に公開された音源

    ●「Heaven and Hell (Live B-Side)」
    https://www.youtube.com/watch?v=0BfgGENh8Rw


    ●「The Mob Rules (Live in Portland, OR 4/22/82)」
    https://www.youtube.com/watch?v=mlZj4gMxF7A


    (※以下略、リリース詳細については引用元サイトをご覧ください。)

    【『ブラック・サバス』、「Heaven And Hell」「Mob Rules」デラックスエディションから新たにライヴ音源2曲公開。】の続きを読む

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    1: 湛然 ★ 2021/02/02(火) 23:09:00.37 ID:CAP_USER9
    2021.2.2 火曜日 NME Japan
    デイヴ・グロール、ニルヴァーナは人間的にはあまりうまくいっていなかったと語る
    https://nme-jp.com/news/98209/


    フー・ファイターズのデイヴ・グロールはニルヴァーナにはフー・ファイターズにはないような機能不全があったと感じていたと語っている。

    デイヴ・グロールは今週リリースされるフー・ファイターズのニュー・アルバム『メディスン・アット・ミッドナイト』に先立って、ニルヴァーナ時代とフー・ファイターズ時代を振り返っている。

    『ビッグ・イシュー』の最新号でデイヴ・グロールはニルヴァーナでのカート・コバーンとクリス・ノヴォゼリックとの音楽的関係について最高の組み合わせだったと語っている。

    「でも、人間関係ということでいくと、大変だったね。正直さ」と彼は語っている。「もちろん、お互いのことは大好きだったよ。友だちだった。でも、ニルヴァーナにはフー・ファイターズのようなバンドにはない機能不全があったんだよ」

    デイヴ・グロールは次のように続けている。「テイラー・ホーキンスと同じくらいカートと仲が良かったかというと、それは違う。バンドに加入した時、クリスと彼の妻と一緒に暮らしたんだけど、1ヶ月ぐらいで追い出されたんだと思う。でも、ずっといい関係は持ってきたし、カートが亡くなって以降はさらにそうなった。今、クリスと会うと、家族のようにハグするんだ。でも、若くて、世間知らずだった頃は違ったんだ」

    「でも、ニルヴァーナにあった感情的な機能不全も楽器の電源を入れると解放されたんだ。音楽がうまくいかなかったら、一緒にいられなかったよ」

    「音楽でしかコミュニケーションをとれない人がいるって本気で思っているんだ。そして、それは時にすごく大きな不快コミュニケーションとなるんだよ」

    (※以下略、全文は引用元サイトをご覧ください。)


    関連
    【音楽】フー・ファイターズのデイヴ・グロール、80年代に警官に殴られた思い出を振り返る [少考さん★]
    https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1612191953/

    【デイヴ・グロール「ニルヴァーナは人間的にはあまりうまくいっていなかった。」】の続きを読む

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