メタルは負けず嫌い

音楽関係を中心とした、エンタメ関連まとめブログ。

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    カテゴリ:その他国内外アーティスト > その他

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    1: フォーエバー ★ 2019/11/29(金) 17:37:56.62 ID:dBRZYn/K9
    「おめだのじこばば、どしてらば?」「津軽の言葉をなめんじゃねぇ!!」

     サングラスにキャップを被った姿で、ラップを披露するのは演歌界の大御所、吉幾三(66)。いま、再ブレイクしているのだが……。

    【写真】青森・五所川原の自宅前でラップを歌う吉幾三

    ◆◆◆

     吉は15歳のとき地元の青森県北津軽郡金木町(現五所川原市)から上京。1977年に発表した「俺はぜったい!プレスリー」がヒットしたものの、以降は鳴かず飛ばず。84年の「俺(お)ら東京さ行ぐだ」、86年の「雪國」で、歌手としての地歩を固めていった。

    「吉さんは今年で芸能生活47年目に突入。昨年はテレビやラジオの出演は休止し、ヨーロッパやアフリカ、アジアなどを旅して世界中の音楽に触れていました。今年4月の青森公演から本格的な活動を再開しています」(音楽業界関係者)

     そんな吉が、今年9月に動画投稿サイトYouTubeで公開した新曲「TSUGARU」が260万回以上再生されている。

    「歌詞はほぼ津軽弁で、何を言っているのか聞き取れないのですが、『中毒性が凄くて何度も見ちゃう』と話題になっています。大反響を受け、先月末には急遽CD発売もされました」(エンタメ誌記者)

     津軽弁全開の歌詞が冒頭のもの。標準語にすると「あなたたちのおじいさんとおばあさんは、どうしている?」。歌詞は、年老いた親が、地元を離れた子どもに「たまには田舎に帰ってきて顔を見せて」と呼びかけるような内容。田舎には何もないから東京へと出ていく若者の悲哀を自虐的に歌った代表曲「俺ら東京さ行ぐだ」と対照的な曲になっているのだ。

    「津軽の言葉を残したい」と語る吉

    「自分で作った歌でも、歌える歌と歌えない歌がある」

     吉幾三コレクションミュージアムのスタッフを務めている松川文さんが話す。

    「津軽弁ラップ、毎日聞いています。県外から来た人に歌詞の意味を説明してほしいと言われるのですが、正直私も7割くらいしか理解できなくて(笑)」

     吉自身も「皆さんには(歌詞は)わかりません。津軽に住んでいる人でも年配の人にしかわからない」とコメントしているほどだ。

     だが、ラップミュージックとしての評価も高い。日本のヒップホップシーンに精通する音楽ライターの磯部涼さんが解説する。

    「ヒップホップの重要な要素としてレペゼン(出身地)とスラング(俗語)がありますが、この曲にはどちらも含まれています。吉さん自身もラップがうまいのですが、公開された後に歌詞を解説する人やリミックスをする人などが現れ、多くのユーザーが一緒に楽しめる曲だったのも話題を集めている要因の一つでしょう」

     10月下旬、神奈川県川崎市での吉の単独コンサート。「雪國」や「酒よ」など往年の名曲は衰えを感じさせなかった。当然、津軽弁ラップを披露するかと思いきや、歌わなかった。

     司会者に「TSUGARU」の話題を振られ、吉は冗談交じりに理由を語った。

    「歌えねぇんだよ俺は」

    「自分で作った歌でも、歌える歌と歌えない歌がある。無理なんだよ、ラップは」

     吉の所属事務所に取材を申し込んだが、「いまはすべてお断りしています」とのことだった。

     吉さん、紅白出場したら歌ってYO!

    11/29(金) 11:15配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191129-00015585-bunshun-ent
    https://i.imgur.com/kB15GwZ.jpg 
    kB15GwZ

    【「歌えねぇんだよ俺は。」 『吉幾三』が大人気の”津軽弁ラップ”をコンサートで歌わない理由。】の続きを読む

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    1: 牛丼 ★ 2019/11/22(金) 19:53:22.80 ID:WeEtOJ/R9
    「じっくり聞いタロウ」MCを務める名倉潤
    11月21日放送の「じっくり聞いタロウ ~スター近況(秘)報告~」(テレビ東京系)に、ロックバンド「横浜銀蝿」のボーカル・翔が登場。絶頂期のギャラ事情と電撃解散の真相を語った。

    番組MCの名倉潤(ネプチューン)が「世代やから。中学の時はみんな横浜銀蝿聴いてて、横浜銀蝿のポスターを逆さに貼るっていうのが流行ってた。俺は、全部歌えるからね。アルバム全部歌える」と、横浜銀蝿のファンだったことを告白。

    MCの河本準一(次長課長)が「絶頂期はギャラの配分もしっかりちゃんと均等でしたか?」と尋ねると、翔は「オリジナル曲を作っていて印税が入るので、歩合制みたいな感じ」と、作詞作曲の全てを横浜銀蝿で手がけていたため、給料とは別に印税が入っていたとコメント。

    続けて翔は「稼いだね。印税とか貯まってくると1500万円くらいボンって入ったり」と当時の稼ぎぶりを明かし、渋谷の一等地にレッスンスタジオが入ったビルを建てたと語った。

    また、河本が絶頂期に電撃解散したことについて聞くと、「俺たちデビューする時に、“2年間完全燃焼”という謳い文句だった。シングル1位、アルバム1位、日本武道館を満員にするという目標を立てて、それを『絶対にやり遂げます』というのがレコード会社に言った俺たちの公約なのね」と明かす。

    続けて、「シングル1位」の目標だけなかなか達成できず、1年間活動期間を延長したと言い「『あせかきベソかきRock’n Roll run』が初登場1位になってオールクリアになったんで、じゃあここでやめましょうっていう流れ」と解散に至るまでの経緯を明かした。

    また、「横浜銀蝿」は2020年から「横浜銀蝿40th」として、1年間限定でオリジナルメンバーでライブ活動を再開する。

    次回の「じっくり聞いタロウ ~スター近況(秘)報告~」は11月28日(木

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191122-00213418-the_tv-ent

    【『横浜銀蝿』翔が語る絶頂期の電撃解散の真相。】の続きを読む

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    1: muffin ★ 2019/11/03(日) 11:16:07.87 ID:ner0zZv89
    https://www.narinari.com/Nd/20191156975.html
    2019/11/03

    俳優の反町隆史(45歳)が、11月2日に放送されたラジオ番組「KEN RADIO」(ニッポン放送)に出演。自身のヒット曲「POISON ~言いたい事も言えないこんな世の中は~」について「子供に聴かせておけばよかった」と語った。

    反町は「POISON」について、「自分で言うのもなんですけど、『GTO』っていう伝説の番組の主題歌で。作詞を担当させて頂いたんですけれど、自分なりに、我ながらいい詞だな、と。昔の学生時代の事だったり、その頃思っていた大人に対する気持ちとか世間に対する気持ちを書いた」と当時を振り返る。

    また、反町によると、マネージャーや周囲の人たちから「『POISON』を赤ん坊に聴かせると泣き止む効果がある」という話をよく聞いているそうで、「何でかなあ。最初のイントロのシンセサイザーの感じなのかなあ。これが脳にビビビってくるのかな」と不思議に感じているという。

    そして反町は「そんなの早く知ってたら、子供がちっちゃい時に泣き止むのに……よく上の子がずっと泣きっぱなしでね、撮影で次の朝早いんだけれど、深夜2時によく車にチャイルドシート乗っけてドライブしてた。知ってたら、自分の曲かけてたね。ぶっちゃけ」と語った。

    https://cdn.narinari.com/site_img/photox/201911/03/20191103011.jpg
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    【反町隆史が作詞した『POISON~言いたい事も言えないこんな世の中は~』振り返る。「我ながらいい詞だな…」 】の続きを読む

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    1: 朝一から閉店までφ ★ 2019/11/03(日) 20:55:42.63 ID:/d+4YwE99
    「週刊文春」編集部 2時間前
    source : 週刊文春 2019年10月24日号
    genre : エンタメ, 音楽

    https://bunshun.jp/articles/-/15033

    「三十数年ぶりにリーゼントをキメた自分を鏡で見て、『あ、やっぱコレもありかな』って(笑)。年老いたなんて、ぜんぜん思わないですよ」(Johnny)

     1980年代初頭、音楽シーンを席巻した「T・C・R横浜銀蝿R・S」が来年、結成40周年にして“完全復活”を遂げる。

    ◆◆◆

     サングラスにリーゼント、革ジャンに白いドカン姿のツッパリ4人組がデビューしたのは80年9月。2枚目のシングル「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)」が大ヒット。2年後には日本武道館を満席にした伝説のバンドだ。




    https://bunshun.ismcdn.jp/mwimgs/1/f/1500wm/img_1faa200a4344c1e1ece8235fa4822643203775.jpg 
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    若き日の4人。左から翔、嵐、TAKU、Johnny




     83年の大晦日に解散。98年から断続的に再結成してきたが、唯一参加しなかったのがJohnny(61)だ。リードギター&ボーカルとして圧倒的な人気を誇っていた彼が、「横浜銀蝿40th」に合流。翔、嵐、TAKUと共に、37年ぶりにオリジナルメンバーが揃うことになったのだ。

     その経緯をJohnnyが語る。

    「銀蝿が終わったあと、ソロ活動中に結婚。子どももでき、30歳の時にキングレコードの社員になりました。横浜銀蝿は芸能史には残っていると思いますが、音楽史には残っていないと思うんです。だから、レコード会社に入るからには音楽史に残るアーティストに関わりたい、と思った。何回か再結成の話はもらったけれど、その志が中途半端な状態ではイヤだった」


    https://bunshun.jp/articles/-/15033?page=2
    次のページなぜJohnnyは参加を決めたのか

    【『横浜銀蝿』完全復活。 Johnnyが明かした”今まで再結成を嫌がっていた理由” 】の続きを読む

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    1: フォーエバー ★ 2019/10/26(土) 23:58:33.89 ID:EQaiegC59
    3人組バンド「アリス」が26日、東京・日比谷野外音楽堂で、「ALICE・LIVE YELL 限りなき挑戦-OPEN GATE-」と題し、東京五輪・パラリンピックに向けたコンサートを開催した。

    メンバーは開演前に取材に応じた。谷村新司(70)は「東京オリンピックに向けて頑張っているアスリート、コーチ、家族の挑戦に、我々がエールを送ろうと」と企画意図を説明。ラグビーW杯日本代表の活躍ぶりにも触れ「感動をもらいました。そのままの流れで(五輪に)突入するといいな」と期待を寄せた。

    谷村、堀内孝雄(69)矢沢透(70)のアリス全員で209歳も、谷村は「今が一番いい音が出てる。3人でほめ合いながらやってます」と笑顔。「いい感じに熟してるアリスを見逃す手はない!」と元気いっぱいに語った。

    ライブでは小雨ちらつく中、「明日への賛歌」「限りなき挑戦-OPEN GATE-」「チャンピオン」など全27曲を披露。谷村は「みんなのパワーで雨を押し返したいね」と、2500人の観客を盛り上げた。明日27日に70歳を迎える堀内は、バースデーケーキで祝福され「70歳は大事に生きていきたいと思います」。3人合わせて210歳を祝う特大ケーキも続けて登場。全員でろうそくを吹き消すと、ファンの歓声を浴びた。

    トークコーナーには女子重量挙げの三宅宏実、パラリンピック女子アルペンスキー元日本代表の大日方邦子さんらも登場。三宅からアスリートの苦労を聞き、堀内は「もっともっと頑張らないとと思っちゃった」と刺激を受けたようす。谷村も「元気をもらいましたね」と振り返った。

    10/26(土) 21:31配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191026-10261355-nksports-ent
    https://i.imgur.com/y8jJVau.jpg 
    y8jJVau

    【3人合わせ209歳の完熟『アリス』。「今が一番いい音。」 】の続きを読む

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    1: フォーエバー ★ 2019/10/09(水) 17:26:53.37 ID:rczX+ict9
    10月7日、『歌のゴールデンヒット』(TBS系)が約4時間にわたって放送された。6度目となる今回は男性歌手のシングル総売上枚数ベスト100(オリコン調べ)を発表。ベスト3は1位・B’z、2位・Mr.Children、3位・嵐となった。番組では、100位から順に歌手の代表曲を、過去映像を中心に紹介。時折、現在の本人へのインタビューも挟まれた。その中で、74位の子門真人氏は居所がつかめず、司会の堺正章が「もしも子門さんがこの番組をご覧になっていたら、是非スタッフのほうにご連絡を頂ければ」と呼びかけた。

     子門氏は、1976年にシングル『およげ!たいやきくん』が大ヒット。現在まで売上枚数は457.7万枚に上り、オリコンの歴代シングル売上1位となっている。音楽関係者が話す。

    「この曲は子供番組である『ひらけ!ポンキッキ』(フジテレビ系)で流れ、当初はこれほどヒットするとは思われていませんでした。出荷予定は1万5000枚で、子門は5万円の“買い取り契約”でした。しかし、予約段階で25万枚を超え、あれよあれよという間に100万枚、200万枚と売れていった。もし、子門さんが印税契約していたら、億万長者になっていたでしょう。思いもよらぬヒットをしたため、レコード会社側は子門さんに100万円と白いギター1本を贈ったという噂もあります」

    『およげ!たいやきくん』がトリプルミリオンさえも超えた、史上唯一の“クアドラプルミリオン”を達成したため、子門は一発屋の印象をもたれがちだ。しかし、『ガッチャマン』『勇者ライディーン』『キカイダー』などの主題歌を担当する“アニメソングの帝王”という一面もあり、歌手としての評価は高かった。

    「子門さんはプロ野球との縁も深く、1975年には太平洋クラブライオンズの応援歌『ぼくらの憧れライオンズ』を歌っています。同曲には当時の主力選手である江藤慎一兼任監督、土井正博、白仁天、ドン・ビュフォード、マティ・アルー、東尾修、加藤初などの名前が出てきます。1992年には『ホークスタウン物語』というダイエーホークスの歌を任されている。1996年にオリックス・イチローの応援歌である『イチロー讃歌』という曲が出来た時には、結果的には実現しなかったものの、スポーツ紙には歌い手の候補の1人として元チェッカーズの高杢禎彦と鶴久政治とともに、子門さんの名前も上がっていました」(同前)

    順調な活動をしていたように思われていたが、1990年代後半、子門氏は芸能界から身を引いた。芸能記者が話す。

    「世紀末を迎えた1999年や2000年頃には、20世紀の大ヒット曲として『およげ!たいやきくん』がメディアで頻繁に取り上げられました。しかし、子門さんは一切マスコミの取材を断っていました。2008年、日本の最も売れたシングル・レコードとして『ギネス世界記録2009』に載ることが決まった時も、コメントを出していません。2010年に『およげ!たいやきくん』のモデルとされる東京・麻布十番のたい焼き店『浪花家総本店』の3代目である神戸守一さんが逝去された時も、コメントはありませんでした」

     子門氏がどうして芸能界を去ったのかは、謎に包まれたままだ。

    「『およげ!たいやきくん』が空前のヒットをしたのに、ギャラは買い取りの5万円プラスアルファ。それで芸能界が嫌になったという噂もありましたが、それが原因ならもっと早く引退しているでしょう。特に引退宣言をしてコメントを残したわけでもなく、フェイドアウトしていったため、真相は不明です。また歌う姿を見たい人も多いですし、いつか子門さんの気持ちが変わったら、テレビ局も喜んで受け入れますよ」(同前)

    10/9(水) 16:00配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191009-00000016-pseven-ent&p=1
    https://i.imgur.com/hwHfXQD.jpg 
    hwHfXQD
    【表舞台から消えた『子門真人』氏の謎。】の続きを読む

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    1: フォーエバー ★ 2019/09/24(火) 18:57:28.90 ID:NmlKz1b+9
    歌手の美川憲一(73)が24日放送のNHK総合「ごごナマ」(月~金曜・後1時)に出演し、MCの船越英一郎らの質問に答えながら芸能生活を振り返った。

    【写真】コロッケの今の姿

     「さそり座の女」などの大ヒット後、仕事が激減して低迷していた1980年代後半、「自己プロデュース」が得意だという美川は、当時のものまねブームを眺めながら大きな仕掛けを打つことを決めた。交流のあったものまねタレントのコロッケに会い「私のものまねをしてくれない?」と頼んだという。

     コロッケは「難しいから無理です。嫌です」と断ったが、ある日、テレビを観ていると美川のものまねをしていて、美川は「これは、ひょっとしたら化けるかも」と直感したそうだ。

     コロッケが出演する元日放送の番組で、ものまねの後に「本人が登場」という企画で久しぶりにテレビ出演し、ものまねされた感想を司会者から聞かれて「いい迷惑なのよ!」と言い放ったところ、これが「バカ受け」して、現在の美川のキャラクターにつながったと「自己プロデュース」が見事に成功したことを打ち明けた。

    9/24(火) 14:42配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190924-00000082-sph-ent
    https://i.imgur.com/Pc1QU3M.jpg 
    Pc1QU3M

    【美川憲一、コロッケに「私のものまねをして。」と頼んで自己プロデュース。 → 再ブレイク 】の続きを読む

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    1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/09/24(火) 12:12:52.39 ID:NRx4okg39
    9月23日放送の『帰れマンデー見っけ隊!!』(テレビ朝日系)に出演した『ガンバレルーヤ』のよしこが、世界的に有名な音楽グループを雑に扱ったとしてファンから批判を浴びている。

    よしこは『サンドウィッチマン』の2人や俳優の中井貴一らとともに埼玉県内唯一の村、東秩父村を探訪。バスを乗り継ぎ、飲食店を巡りながら「美肌温泉」とされる玉川温泉を目指すことに。現地住民でつくるアマバンド『パロディー倶楽部』の演奏を聞くなど、地元と触れ合いながら目的地へと向かった。

    有名太鼓集団に「パロディー?」「バンドでした」
    途中、一行は飲食店にも見える建物を訪れ入店交渉しようとしたが、代表して一人建物に入ったよしこは、出てきた男性から「飲食店ではない」と告げられた。よしこが立ち寄ったのは創作和太鼓集団『鬼太鼓座(おんでこざ)』の合宿所だった。公式サイトによると、鬼太鼓座は1969年結成で、2009年11月の「天皇陛下御即位20年をお祝いする国民祭典」でもパフォーマンスを披露。ファンによると世界的にも有名とされるグループだという。

    よしこは「鬼太鼓座はパロディー倶楽部とは違う?」と男性に話し掛けたが、男性は「私たちは仕事なんで」ときっぱり。それでもよしこは鬼太鼓座が有名な集団とは知らなかった様子で、一行のもとに戻ると「ここもバンドでした」「太鼓の話をすごくされて…」と困惑した顔を見せていた。

    鬼太鼓座をよく知るネットユーザーは、よしこの対応に首を傾げていた。

    《いや、鬼太鼓座、扱い雑じゃない? 世界的なすごい人たちだよ?》
    《鬼太鼓座を鬱陶しい素人バンドみたいな言い方するのどうなの… ガンバレルーヤ感じ悪くなった》
    《よしこを行かすな、鬼太鼓座が台無しじゃないか…》
    《鬼太鼓座…昭和から活動してるすごいプロの太鼓演奏集団ってガンバレルーヤのよしこちゃんは若いから知らなかったんだなぁ…》
    《鬼太鼓座にバンド呼ばわりは失礼だろう。よしこは笑いを取るために言うだろうけど、スタッフは出演者にきちんとどういう場所だったか伝えたんだろうな?》

    若いよしこにはやや気の毒な展開だったようだ。

    http://dailynewsonline.jp/article/2015036/
    2019.09.24 11:15 まいじつ

    【ガンバレルーヤ・よしこ、有名音楽集団『鬼太鼓座』に失礼な振る舞い。「感じ悪いよ。」 】の続きを読む

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    1: フォーエバー ★ 2019/09/15(日) 09:06:57.76 ID:irAKFU3f9
    校内暴力や暴走族が社会問題となっていた '80年、音楽業界に突如現れたリーゼントにサングラスの4人組。アウトローな見た目から繰り出される“本物感”と親しみやすくキャッチ―な音楽のギャップで一気にスターダムを駆け上がり、短期間で完全燃焼した伝説のグループがオリジナルメンバーで再結成! アラ還の“ツッパリ”たちが当時の思い出から現在の心境までを本音で語り合った。

    「音楽をやってるだけで十分楽しかった。だから、女のコにモテたいとかまったくなくて。有名になって、好きな車に乗れたら最高だなぁと思っていたよ(笑)」(翔・61)

    活動期間は3年3カ月と短かった。しかし40年がたった今も、'80年代の不良文化の代名詞として語り継がれる元祖ツッパリ「横浜銀蝿」。リーゼントに革ジャン、サングラス、とその風情は健在。

    「高校生のときの服が着られます」とJohnny(61)が言えば、高校時代から彼を知る翔は、「全員、シワは増えたけどな。でも、笑って生きてきた証しだよ」とうれしそうにメンバーの顔を眺める……。

    '80年9月、シングル『横須賀Baby』でレコードデビュー。『ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)』などのヒット曲を連発した。

    「初めてもらった給料は100万円だったかな。嵐さんが指をなめながら札を数えて平等に分けたんだ」

    と振り返るTAKU(58)。初給料で全員、念願の車を購入したという。

    「俺はシボレー・コルベット・スティングレイ。“売れたら、絶対買おう”って決めていた」(翔)

    '80年代といえば、歌番組の全盛期。『ザ・ベストテン』(TBS系)や『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)といった人気番組の常連組に横浜銀蝿も名を連ねた。

    「俺らも、トシちゃん(田原俊彦)や聖子ちゃん(松田聖子)と同じく花の'80年デビュー組。でも、全然仲よくなれなかったね。廊下とかですれ違うときも必ずマネージャーが間に入ってきて、まったく近づけなかった。異様だったよ」

    そう語る翔だが、アイドルと付き合ったりして? とツッコむと、「家の電話番号が書かれたメモを何枚かもらったよ(笑)」とまさかの告白。驚く一同は、「初めて聞いた!」(Johnny)、「40年後にそんな話を聞くなんて!」(TAKU)と大興奮。

    「ラジオ番組で2人きりになったとき、デスクの下からメモを渡されて。でも、返事はしなかったよ。彼女がいたし、俺、いちずなのよ(笑)」

    バレンタインデーともなれば、トラックでチョコレートが届いた。「Johnnyがいちばん多かった。2万個は来たよ」(翔)

    そんな人気絶頂のなか、わずか3年あまりでグループは解散。

    「デビューするときから2年間で解散する約束だった。シングル1位、アルバム1位、日本武道館を満タン。この3つの目標のなかでシングル1位だけ取れなくて、悔しいからもう1年やろう、と。俺たちのトップを阻んでいたのは、シャネルズと寺尾聰さん。みんなサングラスをかけていたね(笑)」(翔)

    公言していた目標を達成。'83年の大みそかのラストライブで完全燃焼した4人はそれぞれの道へ。

    結成40周年を迎える'20年。解散後、37年の時を経て、初めてJohnnyを加えたオリジナルメンバーで再結成する。

    「今、楽しくてしょうがない」

    と喜び全開の翔。いっぽう、再結成の誘いに最初は戸惑ったというJohnny。心境を語った。

    「ギターを20年以上も弾いてなかった俺が、いまさらステージに立てるわけがないと思いました。でも、死ぬほど練習すれば、なんとかまた、みんなの仲間にしてもらえるかなぁって。ゴルフクラブをギターに持ち替え、目下猛練習中です。この気持ちは、デビュー前のワクワク感と似ていますね」

    その言葉にうなずくTAKUは、「役者がそろった」と表現。

    「こうして並んで座っているだけでも実感する。銀蠅はこの4人なんだと。素直にうれしいですね」

    そして、誰よりもこのときを強く願っていた嵐(64)は抱負を語った。

    「来年は、TAKUも60歳になって全員60代になる。“ツッパリ”に少々疲れも見えますが、相撲の土俵際のような“うっちゃり”をお見せしたいなぁと思います(笑)」

    '20年2月にはオリジナルアルバムを発売予定。'20年の年末まで全国ツアーをはじめ精力的に活動する。

    9/15(日) 6:06配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190915-00010000-jisin-ent
    https://i.imgur.com/Tqqxd2t.jpg 
    Tqqxd2t

    【『横浜銀蝿』80年代振り返る。「アイドルから電話番号を…」 】の続きを読む

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    1: キジトラ(東京都) [RU] 2019/09/07(土) 22:55:22.62 ID:/zWEtei50 BE:961799614-PLT(13001)
    sssp://img.5ch.net/ico/nacchi_face.gif
    神野美伽、新幹線で悲しくなった車掌の対応を明かす「ショックでした」
    2019/9/7 18:07 アメーバニュース

    演歌歌手の神野美伽が7日に自身のアメブロを更新。新幹線の車内で悲しくなったという出来事を
    つづった。

    この日神野は、店で購入した「トマトとプロシュートのカッペリーニ ケールとキヌアのサラダ 
    キウイ」を、走り出した新幹線の車内で「さあ!食べよう!」と蓋を開けたところ、「なんと なんと 
    フォークが入ってなーーい!」とフォークが付いていなかったといい、「どうしろって言うのぉ」と
    嘆きをつづった。

    購入した際にはレジで「フォークはいくつ必要ですか?」と店員に聞かれ、「1つで大丈夫ッ !」と
    答えたとのことで、「仕方ないから車掌室をノックして恐る恐る...「車内販売のカートにはお箸
    少し乗せてたりしますか?」」(原文ママ)と聞いたところ若い女性の車掌に、神野の言葉を
    最後まで聞かない内に「箸も フォークもありません!」と言いながらドアを閉められたといい、
    神野は「本当にビックリ!ショックでした 悲しくなりました」とその時の心境をつづった。

    続けて、「新幹線に乗る子供たちが憧れるような 外国からのお客様がまた 日本の新幹線に
    乗りたくなるような制服の女性でいてほしいなあ」と、その車掌に向けたメッセージをつづり、
    「乗務員さんたちも大変な時代になりましたね」と理解を示しつつ、「来年の国を挙げての
    大イベントを機に今後の日本は とくに外国からのお客様に向けて真のホスピタリティーと言う
    ものを学ぶべきだと思います」と自身の考えを述べ、「と アタクシごときが新幹線の中で 
    カッペリーニとサラダを前に思っています」とつづりブログを締めくくった。
    https://netallica.yahoo.co.jp/news/20190907-05831592-amebanews

    【演歌歌手・神野美伽「箸もらおうと車掌室に行ったら拒否されショック。」→ 炎上】の続きを読む

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    1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/09/02(月) 17:59:22.99 ID:Nsfiyr159
    演歌歌手の長山洋子(51)が初期の乳がんと診断され、手術していたことを2日、所属事務所を通じ報道各社にファクスで発表した。

    所属事務所によると、長山はこのほど人間ドックを受診した際に、初期の乳がんが判明。
    8月30日に手術を受けた。9月中のスケジュールはキャンセルし、休養にあてるという。

    長山は文書で「私、長山洋子は今夏乳がんと診断され、手術を受けて無事に終了致しました。

    初期段階ではありましたが、早急な対処が望ましいという医師からの説明を受けて手術に踏み切り、現在術後の経過をみているところです」と報告。
    「ファンの皆さま、そして関係者の皆さま、ご迷惑、ご心配をおかけして誠に申し訳ございません。
    コンサートを楽しみにして下さっていた皆さま、突然のご報告となってしまい、本当にごめんなさい。少しのお休みを頂いて、またステージに立った時には、今まで以上に元気に、力強く、津軽三味線を“ベベベェーン”と、弾かせていただきます」と復帰への意欲を見せた。

    長山が出演予定だったコンサートの代役は旧知の細川たかし(69)、香西かおり(56)、藤あや子(58)ら演歌仲間が務める。
    長山は「事務所の社長はじめ、スタッフの皆さま、病院に付き添ってくれた友人、家族、そして細川たかしさん、香西かおりさん、藤あや子さん、今回の私の事で全面的にサポート下さったすべての方々へ心から感謝申し上げます」と述べた。

    9/2(月) 15:50配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190902-00010003-spht-ent

    【『長山洋子』、初期の乳がんを報告。先月30日に手術、9月いっぱいは休養へ。】の続きを読む

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