メタルは負けず嫌い

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    カテゴリ:その他国内外アーティスト > ポップス

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    1: 湛然 ★ 2020/10/12(月) 23:20:46.11 ID:CAP_USER9
    ディオンヌ・ワーウィック、「愛のハーモニー」をサム・スミス/ グラディス・ナイトらとともに披露
    10/12(月) 14:20 Billboard JAPAN
    http://www.billboard-japan.com/d_news/detail/93143/2

    ●LIVE: Oprah Winfrey, George Clooney and More to Appear on Virtual Carousel of Hope Ball | PeopleTV
    https://youtu.be/YNzKx1dVyJQ?t=5068




     現地時間2020年10月10日にオンライン開催されたチャリティ・イベント【The Carousel of Hope Ball】にて、ディオンヌ・ワーウィックが、1980年代の名曲「愛のハーモニー」(That's What Friends Are For)を豪華アーティストとともに披露した。
    彼女が、スティーヴィー・ワンダー、グラディス・ナイト、エルトン・ジョンとともに、1985年にカヴァーした同曲は、米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で1位を記録する大ヒットとなった。

     非営利団体Children's Diabetes Foundationによる、糖尿病治療薬開発の支援を目的とした恒例のイベントは、今年初のオンライン開催となった。
    トニー・ベネット、 アンドレア・ボチェッリ、ジョシュ・グローバン、ロッド・スチュワートなどの大物アーティストたちが出演し、バラエティ誌によると100万ドル(約1億500万円)の寄付金が集まった。

     このイベントをトリを飾ったのが、ディオンヌ・ワーウィックを中心とした「愛のハーモニー」の歌唱で、サム・スミス、グラディス・ナイト、ケニー・G、シンシア・エリヴォとの貴重なコラボレーションが実現した。
    なお楽曲紹介は、同曲の共同ソングライター、バート・バカラックとキャロル・ベイヤー・セイガーによって行われた。パフォーマンスの模様は、アーカイブ映像の1時間25分ごろから視聴可能となっている。

     他にもアダム・ランバートとシンシア・エリヴォが、アレサ・フランクリンとジョージ・マイケルのデュエット曲「愛のおとずれ」(I Knew You Were Waiting)を披露しており、ホイットニー・ヒューストン(1990年)、リッキー・マーティン(2000年)、ビヨンセ(2004年)など、過去の出演者によるパフォーマンス映像のクリップも配信された。

    (おわり)

    【『ディオンヌ・ワーウィック』、「愛のハーモニー」をサム・スミス/ グラディス・ナイトらとともに披露。】の続きを読む

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    1: フォーエバー ★ 2020/09/27(日) 11:04:45.58 ID:CAP_USER9
    ちょうど30年前のヒット曲を紹介していく連載です。今回は、1990年9月1日発売にして、言うまでもなく、1990年を代表する大ヒットとなったこの曲をご紹介します。手元の『1968-1997オリコンチャートブック』(オリジナルコンフィデンス)によれば、売上枚数は何と201.2万枚。

    なぜこれほどまでに大ヒットしたのでしょうか。この原稿を書くにあたって、30年ぶりに『愛は勝つ』を何度も聴いてみたのですが、聴いた後に口から出てくるのは「あぁ、よく出来ているなぁ」というため息です。「作品」としてもそうですが、それ以上に「商品」として、完璧な装いになっていると思ったのです。

    『愛は勝つ』の商品性の中核には、この曲が「がんばろう系カノン」になっていることがあります。

    「がんばろう系カノン」については、この連載の第2回「徳永英明『夢を信じて』はがんばろう系カノンの先駆」をご一読下さい。ごく簡単に説明すれば、「がんばろう」という内容の歌詞が「カノン進行」というコード進行に乗っかっている。

    KAN 『愛は勝つ』に加え、槇原敬之『どんなときも。』(91年)、大事MANブラザーズバンド『それが大事』(91年)、ZARD『負けないで』(93年)、岡本真夜『TOMORROW』(95年)――全て「がんばろう系カノン」、全て特大ヒット(かつ全て売上枚数150万枚以上!)。

    「カノン進行」は大仰な感じ、壮大な感じを醸し出すコード進行です。そして歌詞が「がんばろう系」ということは、当時、雨後のタケノコのように増え始めていたカラオケボックスで、大盛りあがりするのにピッタリだったのです。

    バブル絶頂期のサラリーマンの軍団が、ネクタイを鉢巻のように頭に巻いて、合コンで知り合ったボディコン女子軍団と一緒に、深夜の新宿のカラオケボックスの中、腕を突き上げて大盛りあがりをするとき、画面には『愛は勝つ』の歌詞が映っていました。

    この「がんばろう系カノン」に、新時代的なメディアのパワーがかけ合わさることで、『愛は勝つ』の人気は大爆発することとなります。「KANオフィシャルウェブサイト」内の「金曜コラム」(2009年6月5日)に、KAN自身がこう書いています。

    ――で、7月に5枚目のアルバム『野球選手が夢だった』が出ます。このアルバムの収録曲だった『愛は勝つ』をFM802は再び“ヘビーローテーション”に選んでくれました。そこからなんだかジワジワした感じが始まり、直後フジテレビの番組で取り上げていただいたりしたこともあり、後から慌ててシングルカットしたりしたものです。

    はい、2つのメディアが出て来ました。その1つは『愛は勝つ』の前年に大阪で開局したFM802。大阪出身の私は、当時、大阪の街中を走っていたクルマの多くに、FM802のステッカーがペタペタ貼られていたことを、よく憶えています。

    それほど盛り上がっていたFM802の「ヘビーローテーション」(この言葉も新時代的だった)として『愛は勝つ』が採用され、大ヒットの導火線となったのです。

    2つ目のメディア=フジテレビについては、番組名まで書かないと、その新時代感がピンと来ないかもしれません。その番組とは――『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』。

    「邦ちゃん」(山田邦子のこと)、「やまだかつてない」(山田邦子が出演していた大塚ファイブミニのCMコピー)と、1990年臭がぷんぷんする言葉がタイトルに散りばめられた、当時の人気番組。この番組でも『愛は勝つ』が使われ、導火線にいよいよ火が付いたのです。それも最大級の。大火事、山火事並みの。

    今から考えると、ビートたけし、明石家さんまなどの「お笑い第二世代」、ダウンタウンやウッチャンナンチャンの「お笑い第三世代」の谷間の時期だったと思います。そんな時期に無敵の女王となった山田邦子、その無敵の女王の力を借りて、無敵の1曲となった『愛は勝つ』――。

    90年代中盤あたり、渋谷や下北沢の中古レコード屋(と言っても、売場の半分ほどをもうCDが占めていました)に、「100円」シールを貼られた、おびただしい数のCD=KAN『野球選手が夢だった。』。おそらく『愛は勝つ』を聴きたいがためだけに大量に買われ、そして『愛は勝つ』だけダビングされて、大量に売りに出されたのでしょう。

    9/27(日) 10:02配信
    https://news.yahoo.co.jp/articles/800ccdf202bd8e3b6af0e38bbfcba34d566d2cad
    https://i.imgur.com/BLTsvID.jpg 
    BLTsvID

    【KAN「愛は勝つ」を”大勝利”させた要因は何か。】の続きを読む

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    1: シャチ ★ 2020/09/17(木) 20:30:03.48 ID:CAP_USER9
    「これが最後の仕事になるかもしれない、という気持ちはありました」

     '97年に放送されたフジテレビ系ドラマ『ひとつ屋根の下2』。劇中で流れ、空前のヒット曲となった『ひだまりの詩』を歌った元ル・クプルの藤田恵美は、当時の心境をこう振り返った。

    「『ひだまりの詩』は藤田恵美さんと藤田隆二さんの夫婦デュオ、ル・クプルの5枚目のシングル曲です。ドラマの放送開始からおよそ1か月後に発売され、初週はオリコン78位と低調でしたが、ドラマが盛り上がるにつれ順位がどんどん上昇。7週目には2位にまで浮上しました。ドラマ終了後も売れ続け、200万枚近いセールスを記録。'97年の日本レコード大賞優秀作品賞を受賞し、紅白歌合戦にも出場。ふたりは一躍、時の人となりました」(音楽ライター)

    ◇はじめての売れる経験
     しかしその後、この曲を超えるヒット作には恵まれず、'05年に活動を休止。'07年に離婚を発表すると、事実上の解散となった。あれから13年がたったが、当時の心境を改めて聞いてみた。

    「デビューから2年半ほどたっていたころです。それまでは鳴かず飛ばずで、私たちもそろそろクビかな、辞めたら何しようかな、なんて思っていたときにお話をいただいたのが『ひだまりの詩』でした」

    『ひだまりの詩』はドラマに合わせて作られた歌だった。その歌い手を決める際、初期のアルバムを聴いていて藤田の声を気に入っていたドラマのディレクターが、ル・クプルを抜擢したのだという。

    「当初は“劇中で使われるかどうかわからない”という話だったんですが、3話目くらいで、長いシーンのときに曲をずっと流してくれたんです」

     存在感を示したはずなのにエンドロールではタイトルも歌手名も紹介されなかった。気になった視聴者からの問い合わせがフジテレビに殺到。

    「ここまでヒットするとはまったく思っていませんでした。売れるっていうのが初めての経験だったので、とにかく毎日必死で。メディアへの露出も増えて、顔を隠さなくちゃいけなくなったり、コソコソ生活しなくちゃいけなくなったりして、ちょっと生きづらさも感じていました」

    ◇元夫との交流は現在も続いている
     '01年からはソロ活動をスタート。洋楽のカバーソングアルバム『camomile(カモミール)』はアジア圏で大当たり。“理解に苦しむほどの人気ぶり”だった。

    「香港チャートの洋楽部門で1位を獲得したんですよ。そのときは2位がエミネム、3位がMOBY。世界を代表するアーティストの上に自分の名前があることに驚きました。5万枚以上売れ、日本ならミリオンヒットに値するくらいの売れ行きでした。

     その後、台湾やシンガポール、韓国などアジア各国で同じようにヒットして、シリーズ累計で45万枚以上を売り上げたんです」

     '10年からは『OMOIYARIプロジェクト』として日本全国の学校を回る活動を開始。子どもたちやその親の世代に“思いやり”の心を伝える活動を精力的に行っている。

    「'08年にいじめ防止のキャンペーンとして『OMOIYARIのうた』をつくり、その2年後から各地の学校などを回る音楽会を始めました。10年間で181か所、3万4000人以上の人に音楽を通して思いやりの心を伝えています。'18年には小学4年生の道徳の教科書にも歌詞が載ったんです」

     元夫の隆二さんとは今も交流があるそうで、昨年亡くなった義母の葬儀へ参列したり隆二さんの妹がライブに来てくれたりしているという。

    「誕生日にメッセージを送り合ったりしています。おせっかい焼きで今も何かあるとメッセージをくれるんです」

     離れ離れでも“ひとつ屋根の下”は変わっていない。

    ソース 週刊女性
    https://www.jprime.jp/articles/-/18876
    藤田恵美
    https://jprime.ismcdn.jp/mwimgs/3/4/620/img_346b9cd117b50d9f3a36b734d0e43134631421.jpg 
    img_346b9cd117b50d9f3a36b734d0e43134631421

    【元『ル・クプル』藤田恵美が回想する”ひだまりの詩”大ヒット当時の本音。】の続きを読む

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    1: muffin ★ 2020/09/13(日) 14:29:36.37 ID:CAP_USER9
    https://www.nikkansports.com/entertainment/column/songstory/news/202009130000022.html
    2020年9月13日

    20日にNHK・BSプレミアムで放送される音楽番組「秋の名曲スペシャル」に「糸」「やさしいキスをして」などの曲とともに、78年発表の杏里のデビュー曲「オリビアを聴きながら」が選ばれました。男女の恋の切ない終わりを歌った曲は、スタンダードナンバーとして今も愛されています。名曲やヒット曲の秘話を紹介する「歌っていいな」の第8回は「オリビアを聴きながら」の登場です。

    1978年(昭53)秋、フォーライフレコードの宣伝マンが当時新人で17歳だった杏里のデビューレコード「オリビアを聴きながら」をテレビ各局に持ち込んだ。テレビ出演のチャンスをうかがうためである。ところが「おたくの新人? あっ、そう」と素っ気なく対応し、レコードを机の上にポンと投げ捨てる担当者もいた。当時、フォーライフに所属していたのは小室等、吉田拓郎、井上陽水らテレビに出演しない大物ばかりだった。テレビ局にとっては“非協力的”なレコード会社と言えた。今や日本を代表する女性シンガーとなった杏里の第1歩は、決して順調とはいかなかった。

    当時「ニューミュージック」と呼ばれる新しいジャンルが日本の音楽界を席けんしていた。プロデュースなどは、まだまだ男性が主導した時代で、荒井由実(現・松任谷由実)らは少数派だったが、女性主導の音楽創作が次第に目立ってきた時期でもあった。常富さんは「杏里もそんなアーティストに育てたい」と1人で願っていた。杏里のデモテープに興味を持ってくれたシンガー・ソングライターの尾崎亜美にデビュー曲を依頼することになり、杏里と常富さんが一緒に尾崎の家を訪ねた。取りとめのない話が続き、杏里が「オリビア・ニュートンジョンがすごく好きなんです」と言って目を輝かせた。深夜のひと時に彼のことを思う女心を飾りなく歌う「オリビアを聴きながら」がデビュー曲に決まった。

    レコーディングは、当時の新人としては異例のロサンゼルスで行った。杏里にとって外国は初めてで、その時受けた新鮮な印象が、のちに持ち味となる米国西海岸のにおいにつながっていく。

    ヒットチャートは27位が最高で、当初はビッグヒットではなかった。その後、大学生ら一部のファンに支持を得たものの、83年8月に発売された日本テレビ系アニメ「CAT’S EYE(キャッツ・アイ)」の同名主題歌が大ヒットするまでの6年間は、地道な活動を続けるアーティストだった。常富さんは「6年もヒットがなければ、普通は契約解除するレコード会社もあったでしょうが、うちはそういう点でも他のレコード会社と違って異質だったんでしょうね」と振り返る。

    美人3姉妹の活躍を描いた「CAT’S EYE」主題歌のヒットで、83年のNHK紅白歌合戦に初出場を果たし、人気が一気に全国に浸透した。時期を同じくしてカラオケブームが始まり、大学時代にデビュー時の杏里の曲を聴いていたOLたちが、カラオケで歌う曲にこぞって選んだのが、「オリビアを聴きながら」だった。そしてじわじわと、代表曲と認知されていった。女性の心を歌った普遍性がこのOLたちの後の世代にも引き継がれていった。

    時間をかけて育つ名曲がある。今年の紅白でも、ファンはきっと「オリビアを聴きながら」を歌って欲しいと望んでいるだろう。

    第47回NHK紅白歌合戦で熱唱する杏里(1996年12月31日撮影)
    https://www.nikkansports.com/entertainment/column/songstory/news/img/202009130000022-w500_0.jpg 
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    【杏里の「オリビアを聴きながら」ヒットは美人3姉妹アニメのおかげ?】の続きを読む

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    1: 風吹けば名無し 2020/08/15(土) 18:24:00.16 ID:37pMJhS70
    一世風靡したんや

    【『a-ha』って言うバンド覚えてる?】の続きを読む

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    1: Time Traveler ★ 2020/07/09(木) 11:30:13.34 ID:0Gjkmeel9
    7/4(土) 16:00
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200704-00018303-jprime-ent
    https://amd.c.yimg.jp/amd/20200704-00018303-jprime-000-1-view.jpg
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    (左から)ずっと真夜中でいいのに。『お勉強しといてよ』、YOASOBI『夜に駆ける』、ヨルシカ『思想犯』(YouTubeより)


     経済的な低迷をもたらした新型コロナウイルスは、音楽アーティストにも多大な影響を及ぼした。ライブは軒並み中止となり、ライブ会場となるクラブやライブハウスなども苦境に立たされ、多くの店舗が閉店という苦渋の決断を下している。既存のアーティスト達が新しいプロモーション形態を模索していた中、若い世代に人気を集めていた新しいアーティストもいた──。

     自分で作った音楽をYouTubeやTwitterといったSNSで発信できる現在の音楽市場。なかでも「ボーカロイド(通称・ボカロ)」と呼ばれる音声合成ソフトで制作するアーティストたちの活躍が目立つようになった。そんなボカロシーンから新しいユニットも多く輩出され、今回は、特に活躍が目覚ましい『ヨルシカ』『ずっと真夜中でいいのに。』『YOASOBI』の3組を紹介したい。プロモーションでもSNSを駆使したスタイルでファンの開拓をする彼らは、先ごろのコロナ禍にも多くの若者の心の支えとなったからだ──。

    若者の“闇”を軽やかに映し出す『ヨルシカ』

     ヨルシカの新作アルバム『盗作』が7月29日にリリースされる。前作の2ndアルバム『エルマー』から約1年ぶりの『盗作』はシングル曲を収録した期待作だ。先行シングルとして『春ひさぎ』『思想犯』が配信され話題になっている。

     そもそもヨルシカとはニコニコ動画などで自作曲を発表したことで名を上げたn-bunaとボーカル・suisによるユニットで、suisの透明感のある声、n-bunaの奏でる軽快なギターサウンドが特徴的だ。ロック調でありながらも、はじけるようなアップテンポな曲調は“ボカロ出身”というバックボーンを感じさせる。

     彼らの代表曲ともいえる『言って。』で大きく注目を集め、『ただ、君に晴れ』で人気を不動のものにした。先入観を取り払うためにMV(ミュージックビデオ)やジャケット写真などでも、一切、素顔は見せない。そのミステリアスな素性もファンにとって魅力的に映っているようだ。

     ヨルシカの魅力はそれだけではない。これまでの楽曲の歌詞を見てみると、

    《将来なにしてるだろうって 大人になったらわかったよ 何もしてないさ》(『だから僕は音楽を辞めた』)

    《俯いたまま大人になった》(『ただ、君に晴れ』)

    《「死ぬほどあなたを愛してます」 とかそう言う奴ほど死ねません》(『負け犬にアンコールはいらない』)

     その世界観は決して前向きではないが、軽快な曲調とあわせることでさらりと聴けてしまう。そんなところが将来に不安を持つ若い世代に支持されるのかもしれない。やみくもに希望を持つことを美学とする、世間の風潮に違和感を覚える現代の若者にとってシンパシーを感じるのだろう。そんな病んだ世界観を清純派ボイスのsuisがさらりと歌いこなすことで、余計にヨルシカの持つ陰りを際立たせ、病みつきになる。

     ヨルシカという印象的なユニット名。『雲と幽霊』の歌詞内にある《ずっと“夜しか”眠れずに》というフレーズからとったという。「夜しか遊べない」「夜しか会えない」など、続きの言葉を勝手に想像してしまう。そして、音楽シーンの中でも「夜」という言葉が鍵になりつつある……。

    【『ヨルシカ』『ずっと真夜中でいいのに。』『YOASOBI』夜つながりの“ボカロ”音楽ヒットの理由。】の続きを読む

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    1: 湛然 ★ 2020/05/19(火) 22:58:06.30 ID:VXvyThqi9
    5/18(月) 16:05 Billboard JAPAN
    ライオネル・リッチー、リリース35周年を迎えた「We Are The World」をケイティ・ペリーらと熱唱
    http://www.billboard-japan.com/d_news/detail/88112/2
    http://www.billboard-japan.com/common/sys/img/news/00000088/88112/image.jpg
    image

    Lionel Richie And An All-Star Line-Up Perform “We Are The World” - American Idol 2020 Finale
    https://www.youtube.com/watch?v=FH4Ow92YEDI




     現地時間2020年5月17日、ライオネル・リッチーが、審査員を務める人気オーディション番組『アメリカン・アイドル』のシーズン18最終回で、1985年にリリースされたチャリティ・シングル「We Are The World」を披露した。

     飢餓に苦しむアフリカを支援するために、リッチーと故マイケル・ジャクソンが共同制作したこの曲には、スティーヴィー・ワンダー、クインシー・ジョーンズ、ダイアナ・ロス、シンディ・ローパーなど数多くの人気アーティストが参加し、米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で4週連続1位を記録する大ヒットとなった。2010年には、ハイチ地震の救済のためにリメイク版も制作されており、今月ちょうどリリースから35年を迎えた。

     この日、リッチーは、同じく番組の審査員であるケイティ・ペリー、ルーク・ブライアンに加え、今シーズンの優勝者ジャスト・サム、アレハンドロ・アランダことスケアリープールパーティー、ファンテイジア、ギャビー・バレット、ジョーダン・スパークス、キャサリン・マクフィー、ケリー・ピックラー、レイン・ハーディ、ローレン・アライナ、フィリップ・フィリップス、ルーベン・スタッダード、スコッティ・マクレアリーなど、過去の『アメリカン・アイドル』出演者とともに、楽曲のオールスター・パフォーマンスを行った。

     新型コロナウイルス感染拡大を抑制するため、アメリカ国内では今も一部外出規制の措置が続く中、参加アーティトたちの映像は、無人のNYグランド・セントラル・ステーション、ラスベガスのストリップ通り、グランド・キャニオンなどの著名なランドマークに映し出される形で編集されている。

    (以下略、全文は引用元サイトをご覧ください。)

    【『ライオネル・リッチー』、リリース35周年を迎えた「We Are The World」を『ケイティ・ペリー』らと熱唱。】の続きを読む

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    1: 湛然 ★ 2020/04/10(金) 22:47:57.72 ID:vEjJiUzO9
    ニール・セダカ、自宅で撮影したパフォーマンス映像を公開
    2020/04/10 20:34掲載
    http://amass.jp/133396/

    Neil Sedaka - A Medley To Brighten Up Your Day
    https://www.youtube.com/watch?v=IyHWFKiZxAI




    ニール・セダカ(Neil Sedaka)は、ニューヨークシティにある自宅で撮影したパフォーマンス映像を公開。
    4月6日(現地時間)から4日間連続でメドレー・パフォーマンスを披露しています

    Today's Medley - 4/7/2020
    https://www.youtube.com/watch?v=ly_2DtASNHM


    Today's Medley - 4/8/2020
    https://www.youtube.com/watch?v=QWrgnmIvhPE


    Today's Medley - 4/9/2020
    https://www.youtube.com/watch?v=esaaBOJ-CDs



    (おわり)

    【『ニール・セダカ』、自宅で撮影したパフォーマンス映像を公開。】の続きを読む

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    1: 湛然 ★ 2020/03/22(日) 08:16:18.55 ID:ccwbFiPJ9
    ちあきなおみの「喝采」はなぜ伝説の一曲となったのか
    公開日:2020/03/22 06:00 更新日:2020/03/22 06:00 塩澤実信
    https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/270773

    ちあきなおみ(C)共同通信社
    https://c799eb2b0cad47596bf7b1e050e83426.cdnext.stream.ne.jp/img/article/000/270/773/2f330ac1289e0ddb47dc791de8fa4b7e20200321124816947.jpg
    2f330ac1289e0ddb47dc791de8fa4b7e20200321124816947


     最愛の夫・郷鍈治と死別したのが平成4年9月。以来、ちあきなおみは一切の芸能活動を休止した。今日に至るも、歌手活動はおろか、その姿を公共の場で見せたことがない。それゆえ、年々“伝説の歌手”として、その存在感が強まっている。日本歌謡史上でもまれなことである。

     ちあきなおみが、今なお多くの人の記憶に残る最大の魅力は、あの独特な声にある。どうやって生まれたのか。

     芸事好きな母親の影響で4歳からタップダンスを習い、5歳にして日劇で初舞台を踏み、それからは占領軍キャンプ、ジャズ喫茶、キャバレー回り、橋幸夫やこまどり姉妹の前座歌手を務めていた。

     芸事に長けたちあきなおみが、「雨に濡れた慕情」でコロムビアからデビューしたのは昭和44年、21歳のときだった。1年4カ月の間レッスンをつけた作曲家の鈴木淳は「張りがあってハスキーさがプラスされた独自の声」であることを見いだし、「世界に二つとないようなバイオリンにも似た“名器”の響きがある」と折り紙をつけた。あの声は、デビュー前には出来上がっていたのである。

    ■歌声におびき寄せられた中村泰士が作曲

     デビュー曲の「雨に――」に続いて、育ての親の鈴木淳が翌年書いたのが「四つのお願い」。これが大ヒットし、紅白歌合戦にも出場した。

     そして、いよいよ昭和47年の「喝采」である。この曲は、鈴木淳の作品でなく、曲をつくったのは中村泰士。「四つのお願い」などでちあきなおみの魅力ある歌声に背筋をゾクゾクさせ、「ぜひ、ちあきなおみの曲を書かせてくれ」とコロムビア文芸部を訪ねてきたのだ。

     中村は当時、佐川満男の「今は幸せかい」を作詞・作曲し、歌手から作曲家に転向していたが、まだ新進。しかし、中村の熱意にほだされて、コロムビアは願いを聞き入れた。吉田旺作詞の最初の曲「禁じられた恋の島」はヒットしなかったが、同じコンビによる「喝采」が一気に爆発した。発売からわずか3カ月で第14回レコード大賞を受賞。これは最短記録だった。

     ちあきなおみのバイオリンのような歌声が、中村泰士を引き寄せ、見事当たったわけだが、大ヒットの秘密はもうひとつあった。

    ■“実話”との触れ込みで売り出されたが…

     当初、この曲はちあきなおみの悲しい実体験を基にしたとの触れ込みでプロモートされた。歌謡曲にはタブーとされた「届いた報らせは黒いふちどり」とか「喪服」といったマイナーな歌詞を使ったドラマチック歌謡は、ちあきなおみの歌唱力によって迫真力と凄みが漂い、それゆえ「現実にあったことを歌っているのか」と、聴く人を錯覚させ、胸を激しく揺さぶったものだ。

     それが実話とかフィクションという話を超越してしまったのは、彼女の歌声の幅広さのたまものであろう。

    (以下略、全文は引用元サイトをご覧ください。)

    【『ちあきなおみ』の「喝采」はなぜ伝説の一曲となったのか。】の続きを読む

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    1: 湛然 ★ 2020/04/04(土) 05:20:02.62 ID:ewRtQQm+9
    EGO-WRAPPIN'、武道館で開催された結成20周年公演の映像をYouTubeで
    2020年4月3日 18:00
    https://natalie.mu/music/news/374020
    EGO-WRAPPIN'
    https://ogre-natalie-mu.cdn.ampproject.org/i/s/ogre.natalie.mu/media/news/music/2019/0315/egowrappin_art201903.jpg 
    30d8cf185eb4ed657a84e21a571e8291

    EGO-WRAPPIN'「ROUTE 20 HIT THE BUDOKAN ~live at 日本武道館~(DVD盤)」ジャケット
    https://ogre-natalie-mu.cdn.ampproject.org/i/s/ogre.natalie.mu/media/news/music/2020/0403/EGOWRAPPIN_JKT202004.jpg
    7d627d0edd288dbdc7d7d6312fb9716d

    ♪ EGO-WRAPPIN' live Blu-ray & DVD『ROUTE 20 HIT THE BUDOKAN ~live at 日本武道館~』
    https://www.youtube.com/watch?v=N0B8HxstuSs




    EGO-WRAPPIN'が2017年3月に発表した映像作品「ROUTE 20 HIT THE BUDOKAN ~live at 日本武道館~」が、本日4月3日より期間限定でYouTubeにて公開された。

    EGO-WRAPPIN'は3月よりホールツアー「HALL LOTTA LOVE ~ホールに溢れる愛を~」の開催を予定していたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により延期に。これを受けてライブ映像の公開が決定した。「ROUTE 20 HIT THE BUDOKAN ~live at 日本武道館~」は、2016年に東京・日本武道館で開催された結成20周年公演の模様を完全収録したもの。この日のライブは約3時間におよび、さまざまなミュージシャンを交えて20年間を凝縮したセットリストが届けられた。

    EGO-WRAPPIN'のオフィシャルサイトでは、延期となったホールツアーのグッズの通信販売がスタートしている。

    (おわり)

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    1: 湛然 ★ 2020/04/04(土) 05:20:35.98 ID:ewRtQQm+9
    LOVE PSYCHEDELICO、ドラマ「行列の女神~らーめん才遊記~」OPテーマを担当
    2020年4月3日 16:00
    https://natalie.mu/music/news/373987
    LOVE PSYCHEDELICO「Swingin'」配信ジャケット
    https://ogre-natalie-mu.cdn.ampproject.org/i/s/ogre.natalie.mu/media/news/music/2020/0403/lovepsychedelico_jkt202004.jpg 
    35efcd67dd301f6bbca087fe6d9a8c28

    LOVE PSYCHEDELICO
    https://ogre-natalie-mu.cdn.ampproject.org/i/s/ogre.natalie.mu/media/news/music/2020/0107/lovepsychedelico_art202001.jpg 
    c187ef48bf6e371b17290c4dbaa0ac66

    「行列の女神~らーめん才遊記~」キャスト。左から鈴木京香、黒島結菜。
    https://ogre-natalie-mu.cdn.ampproject.org/i/s/ogre.natalie.mu/media/news/music/2020/0403/gyouretu.jpg
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    ♪ LOVE PSYCHEDELICO - Swingin’(Audio Teaser)
    https://www.youtube.com/watch?v=HbfbXpf-ISU




    LOVE PSYCHEDELICOの新曲「Swingin'」が、4月20日(月)より放送されるテレビ東京系ドラマBiz「行列の女神~らーめん才遊記~」のオープニングテーマに決定した。

    「行列の女神~らーめん才遊記~」は、久部緑郎と河合単によるマンガ「らーめん才遊記」を原作としたドラマ作品。ラーメン業界をけん引する清流企画の社長・芹沢達美が、奇抜なアイデアと計算しつくされた手法で、苦境にあえぐラーメン店を繁盛店へと導く様子が描かれる。

    デリコがドラマのオープニングテーマとして提供した「Swingin'」は、KUMIのリラックスしたボーカルと、リズム隊の余白を活かした演奏が印象的なポップチューン。この曲は4月15日に配信リリースされることが決定した。YouTubeでは「Swingin'」のティザー映像と、3月発表の音源集「Complete Singles 2000-2019」のトレイラー映像を公開中。

    ◆テレビ東京系ドラマBiz「行列の女神~らーめん才遊記~」

    2020年4月20日(月)22:00~ ※毎週月曜日放送

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    1: フォーエバー ★ 2020/03/28(土) 15:57:40.26 ID:PjcTsO1i9
    1999年に「あの紙ヒコーキ くもり空わって」で大ブレークしたフォークデュオ「19」の元メンバー・岩瀬敬吾(41)が26日深夜放送のテレビ東京系「じっくり聞いタロウ~スター近況(秘)報告~」(木曜深夜0・12)に解散後テレビ初出演。わずか3年で解散した理由を明かした。

     幼なじみだった岩瀬と岡平健治(40)、作詞担当のイラストレーター326(みつる、42)で結成した「19」。名前の由来を聞かれると「なんだったんですかね?ミツルくんから名前を変えないかと提案があって、僕らはそんなにこだわりがなかったので、変えました」と明確な理由は分からないと答え、“ジューク(19)ボックス説”についても「それもあったかな」と反応してから「年齢もあります。19歳、20歳くらいの過渡期の気持ちとか精神的なものを言葉にしたかったと思う」と語った。

     ヒット曲「あの紙ヒコーキ」を筆頭にCDを650万枚売り上げ、一躍人気アーティストに。印税など当時のギャラを聞かれると「(あの紙ヒコーキ)は2枚目のシングルで。最初の約2年間は契約が固定給だったので、最初は10万円でした。家賃は5万3000円で」と告白。固定給だったため、その間に売れた200万枚くらいの印税はまさかの0円だったという。

     その後は「ヒットしてから契約を少し変えさせてもらって、そこからは普通に…」と契約を歩合制に変更。すると「(シングルだけでなく)アルバムとかも含めていきなり印税5000万円が振り込まれました」と明かした。

     だが、「19」はわずか3年で解散。解散の真相について「(理由は)すごく複雑に入り組んでいるんですけど、若かったのが一番大きい。若いと猪突猛進というか、こう決めたらこうと、健治くんも僕にもあったので。大きいけんかも1回あったのですが、自分の作品を世に放つまでは曲げられない部分がお互いに強く持ってて…」といい、互いに作曲を担当していたため「曲を出した方に分があるぞみたいな感覚で。親友から始まったので、感情のズレには、寂しさもありつつ…」と振り返った。

     現在は全国のライブハウスなどを回り活動を続けている岩瀬。MCの名倉潤(51)に「復活したいと思っています?」と質問されると「少し考えたことがありました。(岡平には)言ってないです」と返答。名倉は「今言おうよ!電話しようよ!こういう時に勢いで言ったほうがええねん」と続けると、岩瀬は「今は思ってないので。思った時もあったという感じですね」と笑顔で否定していた。

    3/27(金) 21:46配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200327-00000206-spnannex-ent
    https://i.imgur.com/N5Y2e9G.jpg 
    N5Y2e9G

    【人気デュオ『19』岩瀬が解散後TV初出演。月給10万から「あの紙ヒコーキ」人気で印税が・・・】の続きを読む

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